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第13話 これが、
Nishikura side―――
サッカー用のグラウンドの真ん中で、ひっきりなしに流れてくる汗を服で拭いながら、晴也は目を凝らした。
校舎までは遠かったが、晴也は両目共に視力は2.2ある。
だから、それが誰かすぐに分かった。
―――佐々原先生、と。
二階の渡り廊下の屋根のないむき出しになっている場所に、こちらを向いて佐々原が立っていた。しかし、ひとりではなく、隣には数学教師の高木の姿がある。
二人はたいそう仲が良いらしく、ああやっている姿を頻繁に見かける。イケメン二人が並んだ姿は目の保養になるとかで、今も女子たちが遠巻きに眺めていた。
チッ―――と、舌打ちが出る。
「晴也、飲まねえのか?」
怪訝な声にそちらを向くと、橘が不思議そうな顔で首を傾げていた。周りを見れば、チームメートたちが水分を求めて、マネージャーの元へ集っている。
急に喉の渇きを思い出した。
「飲む。」
晴也はぶっきらぼうに答えて、橘と並んで水分補給に向かった。準備してあるスポーツドリンクを手に取り、半分ほど勢いよく飲み干す。
じわりと身体中が潤って、強張っていた体が弛緩した。そこら辺に晴也が座り込むと、橘も隣に尻を下ろす。
「で、さっちん先生と高木がどうした?見てただろ?」
「ああ。別に、何となく。」
橘の言う『さっちん先生』とは、佐々原の事だ。
ユースに選ばれた晴也たち数名が不在の内に定着した愛称で、帰ってきたらクラスの大半がそう呼んでいた。
橘もユース選手であった筈がアッサリと『さっちん先生』と呼び始めたが、晴也は未だに一度も呼べずにいる。
たぶん、ずっと呼べない。もっと呼びやすい名前にして欲しかった。
「舌打ちしてんのに、何となくって事はねえだろ。晴也って、さっちん先生のコト、気に入らねえの?」
「まさか。そんな事、思ってねえよ。」
びっくりして晴也が言葉を返すと、橘がにかりと笑う。
「だよな。おまえ、基本的に教師に対して素っ気ない奴だけど、さっちん先生にはなついてるもんな。」
佐々原になついてる自覚はなかった。―――が、気にしている自覚はある。
15分の補習でも、授業中でも、一切眠気に襲われる事なく、佐々原の顔を飽きずにひたすら見てしまう。何が気になっているのか分からぬまま、ただただ観察し続け、既に3ヶ月も経っている。
もう少しで分かりそうなのだが、分からない。
「じゃあ、舌打ちの原因は、高木か?」
「あいつの事、何か、好きになれねえつーか、苦手つーか、」
別に何かを言われた訳でも、された訳でもない。
何となく、嫌。何となく、不快。
これが、生理的に受け付けない、というやつだろうか。
高木の顔を見れば苛立ちに襲われ、佐々原が隣にいれば更なる不快感に胃がグウッとなる。
そう言うことをツラツラと言葉にすると、橘がぎょっとしたように振り返ってきた。
「何だよ。」
「いや、晴也、おまえ、マジか、」
「何が。」
「だって―――、それ、好きって事だろ。」
橘が困ったように目線をさ迷わせながら言う。何やら言っちゃった感を漂わせているが、晴也には全く伝わらず、余計に眉間にシワが寄った。
「は、あ?好きじゃねえよ。嫌いって言ってんだろ。」
「いや、高木じゃなくて。自覚してねえのかよ。」
「だから、何がだよ。」
同情するような橘の視線に、イラッとする。
手に持っていたペットボトルを、橘の弁慶の泣き所にグリグリと押し付けた。
「いてぇ!」
小動物のように飛び退く橘の姿に苛立ちが治まった。晴也がニヤッと笑うと、橘が忌々しそうに喚く。
「加減しろよ!絶対アザになる!」
「橘が勿体ぶるからだろう。ささっと言え。」
「暴君。サド野郎。俺様。」
橘はブチブチと文句を言いつつも、再び晴也の隣に腰を下ろした。深々とため息を吐き出して、チラリと横目で晴也に視線をやる。
心底、嫌そうな顔だ。
「おまえさ、さっちん先生が好きなんだろ。」
はっ―――と、晴也の口から声にならない息が漏れた。
―――すき?
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