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第17話 せんせい

さて、土曜である。 高校は休みなのだが、仕事だった。 瞬が顧問をしている将棋部の地区大会があっていたからだ。ここで勝ち上がり優勝した高校が、8月に行われる本選へ進める訳だが。 我が校は決勝で惨敗し、全国大会への道は途絶えた。しかし、プロ棋士である木之下歩は当然ながら出場できない中、無名校が準優勝したのだから充分凄いと思う。木之下の指導の賜物だろう。 ―――木之下様様だな。 大会が終わっても生徒たちはすぐ解散とならず、他校の生徒たちと楽しそうに話し込んでいる。まだまだ時間がかかりそうだと判断して、瞬は会場を抜け出した。 ガゴンッ―――と、派手な音を立てて落下した紅茶のペットボトルを自販機から取り出し、ベンチに腰を下ろそうとすると、左側に誰かが立ち止まったのが見えた。 地区大会3年目ともなれば、挨拶程度の顔見知りの教師もちらほらいる。 知り合いだろうと、そちらに顔を向けて瞬は―――、固まった。 「佐々原。」 ああ、この人はこんな声だったな―――と、頭の隅で思った。 瞬の周りの時間が急速に巻き戻る。自分が教師である事も、あれから幾年も時間が過ぎた事も、現実味が遠い。まるで、まだ―――。 「日吉せんせい。」 甘ったれた声が耳に入り、その気持ち悪さに瞬は一気に我に返った。馬鹿じゃなかろうか。己の失態に舌打ちしたい気分になるが堪えた。 「久しぶりだな。座ってもいいか?」 「ええ、どうぞ。」 瞬は答えながら、隣に座った彼を横目で観察した。 ―――あまり変わってないな。 彼の名は、日吉拓実。瞬が初めて付き合った教師だ。この場所にいるという事は、まだ高校の教師なのだろう。 「見てたよ。惜しかったな。」 「先生がいらっしゃると、全く気付きませんでしたよ。」 「教師になったのか。」 「ええ、社会科教師です。今は歴史を。」 「佐々原は日本史が好きだったな。」 ふっ―――と、二人の口から息が零れた。 付き合っていた時、瞬が17歳で、日吉が25歳だった。信じられない事に、あの頃の日吉より、今の瞬がひとつ年上になる。 随分と大人の男性に見えていたが、きっと日吉もそう大人ではなかったのだろう―――と、今になれば分かる。 まだ17歳の西倉に振り回されて、瞬は右往左往しているのだから。

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