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第22話 Birthday
タクシーが自宅前に着いた時には、すでに日付を跨いでいた。久しぶりの酒のせいか、1週間分の疲れが押し寄せてきたのか、鉛のように体が重い。
あとちょっとだ。頑張れ―――と、自分を励ましつつ、階段を上った。
しかし、上りきった所で、自宅の前に人影が踞っており、瞬の足はとうとう止まる。
それが誰か、一目で分かった。
「―――西倉、」
「あ、先生。やっと帰ってきた。」
パッと嬉しそうに顔を上げて、西倉が立ち上がる。
名犬か。忠犬か。
あまり躾はなっていないが。
「ちょっと、こんな時間に何をしてるの。」
「先生、待ってた。」
「今、タクシー呼ぶから―――」
瞬が慌ててスマホを取り出そうとすると、西倉に腕を掴まれた。
「呼ばなくていい。親には橘の家に泊まるって言ってるから。」
「あのねぇ、」
「先生、部屋に入ろう。知り合いに見つかるかもしれないですし。」
「何で、入れなきゃならないのさ。」
むむっと瞬が眉を寄せると、西倉が顔を寄せてきた。クンッと瞬の肩の辺りの匂いを嗅ぐ。
やはり犬だな―――と、呆れながら、近すぎる顔を横にずらした。
「お酒の匂いがしますね。誰?高木?」
「いや、高木先生じゃない。昔の知り合い、かな。」
やはり日吉の事は何となく後ろめたい。瞬がぼんやりとした言い方をすると、西倉がひょいっと片眉を上げる。
「ふぅん。気になるけど、まあ、いいや。」
地面に置いてあったスポーツバッグを漁りはじめた西倉の頭を、瞬はぼんやりと見下ろした。
先週もそうだった。
何かを悟ったのか、深くは追究して来なかった。物わかりの良い、その態度は西倉の性格からすると違和感を覚える。
しかし、西倉から小さなの袋を差し出されて、考えが霧散した。
「先生、これ。」
「―――何?」
「誕生日、今日なんでしょ?だから、プレゼント。本当は1番に祝いたかったんだけど。」
西倉が照れた顔で言いながら立ち上がり、ズイッとプレゼントなる袋を瞬に突き付けてきた。思わず受けとると、西倉の顔が嬉しそうに綻ぶ。
「はっぴーばーすでい、先生。」
ぶわわっ―――と、胸に何かが広がった。衝撃の大きさに呻きそうになる。服の上から胸を押さえたが、治まる様子もなく混乱が増す。
とても苦しい。
息ができないくらい苦しい。でも、理由が分からない。頭の中で、ひらがな発音の西倉の言葉がリフレインする。
視界が揺らめきそうになって、瞬はやっと自分の気持ちを自覚した。
―――あ、そうか、分かった。オレ、バカじゃないか。
単に、嬉しかったのだ。
西倉が誕生日を覚えていてくれて、息が詰まるくらいに嬉しいのだ。
―――こんなに好きになっていたなんて。
西倉の顔を見上げながら、後戻りできぬ予感に瞬は立ち尽くした。
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