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智也は雨が好き ②
そんな智也が血を吐き、長期入院をし始めたのは、中学に上がる前日だった。
「智也、ここに花を置いておくね」
耳をすませても、激しく打つ雨の音しか聞こえない。
病院に着いてから本降りになったので助かった。そういえばお見舞いに来る度に天気が雨な気がする。梅雨時期だから仕方がないが、収まるまで彼の病室に居ようかなとも思った。
「花屋さんでラベンダーがおすすめだと聞いて…。ほら、いい香りがするぞ?」
棚の上に置いた花瓶に近付く。だが、手で仰ぐように嗅いでも香りが伝わって来なかった。オレの鼻が悪いのだろうかと思ったが、そういえば花屋の店員さんが「花の部分を少し摘んで」とアドバイスしてくれたのを思い出し、親指と人差し指で摘む。
クンクンと香るとほんのりフローラルな匂いがした。
「ほら、智也も」
小さな花瓶に入れたラベンダーをベッドに座る彼に持っていく。けれど、智也は反対にある窓から振り向かない。
「……っ」
以前から身体がほっそりとしていた智也は、年々痩せ細っていき、骨が目立つようになっていた。
「そうだ、智也。俺ね、部活でシュークリームを作ってきたんだ」
"部活"という言葉に智也の耳が少し動いたのを確認した俺は、ビニール袋の中にあった小さなクリア容器に入った手作りシュークリームを出す。
「智也の好きな桃をトッピングしてみたんだ。だからこれを食べーー」
「要らない」
即答。冷たい言い方だった。今日は午後から九十%の雨らしく、気温もぐっと冷えていた。病院は少しばかり暖かいのにこの病室だけ寒く感じてしまう。
「そう…だよな。……でも、中村先生ももう少し食べてもいいって言ってたから」
「要らないものは要らない」
「で、でも…!」
そのままじゃまた身体が…。また、智也の身体が痩せて皮みたいになっちまう…!
「味は…まぁまぁだから…。俺、これ、智也に…」
「……うるさいなぁ。要らないものは要らないって言ってるだろ!?」
バシッ。
振り返った彼が腕を振り下ろした衝撃で、俺の両手にあったシュークリームは破損し、大方の部分は床を白く汚した。
「……あっ……!」
そんな声を出したのは俺ではなく、智也だった。
俺はすぐさまハンカチとティッシュを取り出し、床を掃除する。桃は拾ってティッシュに。クリームの部分はハンカチで。
そうだ。智也はいつだって優しい。俺が無意識で怒らせても後で悪いと感じてしまう心の優しい幼馴染なんだ。
「……!?も、桃くん!…?」
なんでだろう。白くぐちゃりとなったクリームとは違う、透明な水玉が床を塗らしていた。
雨かな?でも、ここは病院だし…。
雨の中、病院に走ってきた。だからその時についた雨の雫が床に落ちたんだろう。
「ひ…っ、ひ…ぐ…っぅ」
あれ?おかしいな。なんで声を詰まらせてしまうんだろう。
全部拭き取ったのに床にはまだポトポト雫が落ちている。
「桃くーー」
「ちょっとごめんね。俺、御手洗行ってくる!」
その場じゃどうにもならなくて、俺は腕で顔を隠しながら男子トイレへと走っていった。
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