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智也は雨が好き ③
「ああ…目、真っ赤」
先ほど落ちた菓子を設置されたゴミ箱に捨てて洗面所に立った。
顔を洗い、手も一緒に洗ったが鏡に映る自分の目は腫れぼったくなっている。
オレなんかよりも智也の方が辛いに決まっているのに。
智也が血を吐いた時、オレは近くにいてあげられなかった。
あの日は俺の家でお泊まりをしていた。けど、夜中にお手洗いに行っていた矢先、一階の玄関で倒れている智也を母さん達に発見されていたのだった。
オレはどうすることも出来なくて、その場で座り込んでしまっていた。
智也みたいに頭がいいわけじゃないからよく分からないけど、智也は重い病気であった。
いつもなら必ずといってもいいほど帰宅しているお正月も帰れず、気が付けばオレたちは高校一年生になっていた。
『要らないものは要らないっていってるだろ!?』
先ほど智也から言われた言葉が脳内で再生させる。鮮明なそれは元々肌白かった智也が眉間に皺を寄せ、こちらを強く睨んでいる。毛布を蹴ったせいか薄くなった太腿が見えた。
智也の怒った顔や声が胸を締め付ける。
「桃くん」
お手洗いを出ると、智也のおばさんが待っていた。
会釈をすると「少し場所を変えましょうか」と言われ、談笑スペースに連れて来られた。向かいに座ったおばさんは長い髪を真ん中で分けている。が黒髪にはハリがなく、顔にも疲れが滲み出ていた。
「ごめんなさいね。智也が失礼なことを…」
「いいえ!オレが…しつこくしてしまったんです。だから、智也は怒って……」
「あのね、桃くん。もう、智也の所には来なくて良いわよ?」
「………えっ」
智也同様、綺麗な顔立ちをしたおばさんからそんなことを言われるとは思っておらず、反応に一歩遅れてしまった。
「なんでですか…!?」
「桃くんはいつも、ともくんのことを心配してくれたわよね。でも、優し過ぎるのも本人にとっては悪影響だわ…」
「そんな……!」
「それに、桃くんのことも心配なのよ。こんなに雨の日にまで付き添って貰ったら桃くんのご家族も心配されてるでしょう?」
「………ッ!!そ、そんなことないです!!」
オレはそこが病院の一室だと分かりながらも、大きな声を出していた。
「オレは好きでここに来ているんです。智也に会いたいから…智也のために頑張ろうって。家族にはちゃんと連絡を取ってから来るようにしています!」
「いや、そういう事じゃなくてね…?」
「……でも、オレの言動が智也の回復を邪魔をするのなら……」
もうここには来ません。
そう言ってしまえばいいのに、オレの口からその言葉が出ることはなかった。様子を見に来た看護師に頷き、帰ったのを見てから「桃くん」とおばさんは微笑んだ。
「ごめんなさい。そう言いたかったんじゃないの。もっと、智也に厳しくしてもいいのよ、と言いたかったの」
おばさんの言葉に疑問符を浮かべると、おばさんはクスクスと笑っていた。
「桃くんは優しい子だと昔から思っていたのよ。でも、今の智也にはそれが甘え…。ええ。桃くんにぶつけることが逃げになってしまっているの。あなたなら自分の気持ちを分かってくれる…そう思ってしまうの。だから、桃くんもあの子に何かして欲しいくらいの気持ちは伝えて欲しいわ」
黒髪を耳にかけるとベージュ色のピアスが見えた。智也の髪色と同じだった。
「繰り返しになってしまうけど、桃くんは優し過ぎるから自分の気持ちを智也の前だとさらに押し殺してしまうんじゃないかと見ていて思ってね。それにーー」
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