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第3話

「心境の変化?それとも環境の変化?」 「え?」  不意に背後から声がかかり、驚いて振り向く。 「ごめんごめん、おばさん詮索しちゃった」  同僚の一人、母親と同年代のベテラン司書は、既にひらひらと手を振りながら立ち去ろうとしている。トートバッグに詰めようとしていた本のことを言われているのだと気付き、 「そんなんじゃないですよ」  焦って発した言い訳は果たして届いたのか、最後はため息となって逃げていく。  以前、児童カウンターの同僚との世間話の中で、物の本は大人向けの入門書よりも子供向けの指南書の方が参考になる、という話になった。その時は工作の話をしていたと思う。言われてみれば本当の初心者にとって、「初心者の」と冠された大人向けの実用書より、もっと噛み砕いて簡単な方法を説いている子供向けの本の方が実用的だなと、妙に納得したものだ。最初に手に取ったのはだから、保護者向けの注意事項が書いてあるような低年齢向けのものだった。わずかな、それでいて確かな成功体験を得て、対象年齢を徐々に上げていき、一般書籍にまでたどり着いた。  十九時十五分、定時ぴったりにタイムカードを押して、仕事場を後にする。  元々、食事にはあまりこだわりのないタイプだった。食も細く、大学進学を機に一人暮らしを始めてからは、腹が膨れればいいというような食生活だった。料理上手の恋人ができたあとも、彼と会えない日は出来合いや冷凍食品ばかりだったし、今も本質は変わっていないと思う。  スーパーを経由して、アパートに帰る。  少し前まで、エコバックから出すのは惣菜コーナーの弁当だった。  メモの通りに買ってきた食材を並べ、付箋を貼ったページを開く。  変わったのはたぶん、だから、心境なのだろう。  今のところ成功率はせいぜい五割、偶然の確率と変わらない。それでも諦めずにいる理由は、言葉にしてしまえば陳腐で気恥ずかしいものだった。

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