新入生らしき人や、在校生らしき人。 オレは廊下で何人もの生徒とすれ違い、おそらく相手には届いていない挨拶をして。 半分、挙動不審になりつつもオレが教室へ入ると。ホワイトボードに、自分の出席番号と着席する場の指示が書かれていた。さまざまな学科にわかれているからか、一つの学科の生徒数は少なく、一学科一クラスくらいだ。 オレは苗字が青月だからか、出席番号が一番で。あいうえお順って単純だなぁと思いつつ、オレは自分の番号が書かれている席に座る。 ……一番前の席って、なんだか恥ずかしい。 でも、授業開始のチャイムが鳴り響き、担任の先生が教室に入ってきてからはあっという間に時間が過ぎて。オレはこれからの高校生活が、とっても楽しみになったんだ。 オレが調理師を目指してこの高校を選んだのは、兄ちゃんの言葉があったから。 小さい頃から外で遊んでも、友達とは呼べない人たちから、からかわれる日々にうんざりしていたオレは、母さんの手伝いがあるからと自分に言い訳をして。夕飯の用意をする母さんの横に並び、料理をしていたんだけど。 できた料理を美味しいと言って、兄ちゃんが食べてくれるのが嬉しくて。それだけでオレは、料理することが楽しかったんだ。兄ちゃんに喜んでほしくて、大好きな笑顔が見たくて。 そんなある日、料理してるオレを見た兄ちゃんが言ったんだ。オレが大好きな、キラキラの笑顔で。 料理してるせいは、とても幸せそうだよ。幸せを感じてる人が作る料理だから、せいのご飯を食べると幸せになるんだねって。 この兄ちゃんの言葉が、オレに勇気をくれた。 なんの取り柄もないオレだけど、兄ちゃんに褒められた料理ならオレにもなにかできるかもしれない。 そう思ったオレは、調理学科のあるこの高校の進学を決めたんだ。将来どうなりたいって、まだ明確なビジョンはないけれど。 高校卒業と同時に調理師資格が得られること、専門的な知識や技術を学ぶことのできる３年間がこれからスタートするんだって。 小さな期待を胸に、懐かしいあの日のことを思い返していたら、授業と呼べないような、ひと通りの説明をただ聞くだけの時間は終わりを告げていく。 起立して、礼をして。 着席することなく、クラスの生徒は勝手に動きだし帰り支度を整えて。それぞれがまだ親しい仲にはなっていないこともあってか、各々が個人行動を取り、ちらほらと教室を出て行く生徒が目立つようになったころ。 制服のポケットに入れてあったスマホが震えて、オレは弘樹からの連絡を知った。オリエンテーションが終わったから、門の前で待ってるって内容のLINEに目を通し、オレは小さく息を吐く。 学科は違っても、クラスは違っても。 弘樹が同じ高校でよかったって、オレは安堵の気持ちを隠せなかったから。 緊張で固まっていた心が和らいでいくのを感じたオレは、弘樹に今から行くとLINEを送り返し、足早に教室を後にした。