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第166話
「いらっしゃいませ、星ちゃん」
こうして微笑んでいるだけなら、ランは美人なオカマなのに。喋りだしたらまた、騒々しくなるんだろうと。そんなことを思いながらも、俺は星の言葉通りにランの店へとやって来たが。
「……早めに来て悪かったな。ランの対応力には感謝すっけど、夜の営業大丈夫か?」
「ランチタイム前に、貴方が連絡してくれたから大丈夫よ。午後の方が料理の仕込みは少ないし、夜は基本的に常連様がほとんどだから安心してちょうだい」
夜の営業時間まで、残すところ1時間あまり。店を独りで切り盛りするランにとっては、それなりに立て込んでいる時間帯。
今日は悪友二人とこの店で落ち合うことを先に伝えてはあったが、星の予定を追加したのは当日。そのため、俺はランに感謝を述べたけれど。
俺が気掛かりなのはオカマ野郎よりも、俺の隣で俯いてる星のほうだ。
「ランさん、お時間取っていただいて本当にありがとうございます。あの、オレ……ランさんに、お訊きしたいことがあって」
カウンターに並んで座り、そう切り出した星を俺は見守ることしかできない。こんなことなら、ここに連れてくるあいだに理由を訊いておくべきだった。
そんな後悔を今更しても遅く、俺は煙草に火を点けていく。
「あら、何かしら?」
星が話しやすいよう、ふんわりと柔らかな雰囲気を最大限に披露するラン。オカマの心遣いをありがたく思いつつ、俺は煙草の煙を吐いたけれど。
「……ちゃんとした料理人って、髪が長いとダメなんでしょうか?」
「ハイ?」
星の質問に、ランはフリーズした。
そんなランの様子を見ると、星は慌てて詳細を話し出す。
「えっと、オレ……調理学科の横島先生に、前髪が長いから月曜までに切ってこいって言われてて」
……そんな話、聞いてねぇーぞ。
初耳の話を、ランの前で聞いた俺の眉間には当然のように皺が寄る。良い話なら態度も変わっているのだろうが、コレはどう考えても悪い話なワケで。
「雪夜、貴方オーラが怖いわ。ちゃんとした料理人、ね……衛生面に気を配ることは、もちろん大切よ。でも、実習中はちゃんとしているんでしょう?」
「もちろんです。実習中はちゃんと髪を留めて、帽子から出ないようにしてるんですけど。でも、それだけじゃ駄目だって」
星の落ち込み具合と、話の内容。
金曜の昼中、弘樹から突然の連絡、そして今……少し考えれば、俺でも合点がいく事柄だ。
それなのにも関わらず、俺は自分の都合を優先して星の話を聞いてやれなかった。
「それなら、前髪が長くても問題ないんじゃないかしら。確かに、今の星ちゃんは鼻先位まで長さがあるから、少し切ってもいい気がするけど……その様子だと、切りたくないのよね?」
「はい……でも、ちゃんとした料理人になってほしいから、身だしなみには気を遣えって……月曜までに切ってこなかったら、俺がお前の髪切るからなって言われて」
ここで俺がいくら自責の念を募らせても、仕方がない。仕方がないが、気に食わない。
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