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第167話

「あら、嫌な先生ね。横島、よこしま……ねぇ、星ちゃん、その先生のフルネーム分かるかしら?」 「確か、横島……まさ、なんとかです」 ランは心当たりがあるのか、星のうろ覚えの名を聞き考え込むと、何か思い付いたかのようにポンっと手を叩く。 「横島……まさって。星ちゃん、それ横島昌人じゃない?!」 「あっ、はい。ソレです」 色々と気に食わないことがありすぎる話だが、教師への扱いが雑な星の返事には感心する。むしろ、俺に小さな優越感を与えてくれたことに感謝したいくらいだけれど。 「なんで、ランがソイツを知ってんだよ」 「知ってるも何も、私の後輩よ。星ちゃん、その先生って某有名ホテルのキッチンで10年勤めてたって聞いてる?」 「えっと……オリエンテーションのときに、聞いた気がします」 「じゃあ、やっぱり間違いないわね。ソレ、後輩の昌ちゃんよ。あの子ったら、いつの間に先生なんかやってたのかしら」 まさかの話に、星は戸惑い、俺は苦笑いを零す。ランだけが、上機嫌でカウンター越しにグラスを拭き始めた。 「ランの後輩が教師って、笑えねぇーな。しかもよりによって、星んとこの教員なんて……ソイツ、どんな野郎だ」 「料理以外、興味ない人間よ。ホテルでシェフしてたときも、浮いた話なんて聞かなかったわ。まぁ、忙しすぎてそれどころじゃなかったけれど……今は、三十路前くらいかしら。雪夜ほどのイメケンじゃないけど、整った顔してるわよ」 「学校でも、一番人気の先生らしいです。オレのクラスメイトも、尊敬できる先生だって言ってました」 尊敬され、一番人気の教師。 ソイツが何故、星に苦言を呈したのか……理解は充分できるけれど、ソレだと都合が悪いのは星も俺も変わりない。 「尊敬される教師が、その立場利用して生徒脅すのはどうなんだ」 「星ちゃんは、まだ一年生でしょ。今のうちに、衛生管理をしっかり教えたかったんじゃないかしら」 「ソレ、条件次第だろ。星は理解した上で、対処法を提案してる。調理場以外での話はされてねぇーのに、髪を切れっておかしくねぇーか」 学校内での規則と言われてしまえばそれまでだが、どうやらそうではないらしいから。教師の言い分に対して、俺は矛盾点を上げた。 「オレも、白石さんと全く同じことをずっと考えてました。校則で頭髪の長さに規定はないのに、なんでだろうって」 どうやら、星本人も腑に落ちていないようだ。だからわざわざ迷惑を承知で、ランに話したかったのだろう。 ランより先に聞いておきたかった気持ちはあるが、今なら星の考えも理解できるから。俺は煙草の火を消すと、なんとも不憫な仔猫の頭を撫でてやる。 「確かに、ごもっともな意見ね……星ちゃん、私から昌ちゃんに話しておくわ。連絡、まだ取れると思うから。髪、切らなくても大丈夫よ」 「ありがとうございます。でも、どうして?」 「貴方の隣にいる男の顔を、よく見てご覧なさい。放っておいたら、そのうち雪夜が昌ちゃんのことを殺しに行くわ」

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