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第168話
抑えているつもりだが、どうやら殺気は漏れていたらしい。ランに遠回しに指摘され、自分の幼さを痛感する。
星やランに対しての感情ではないけれど、俺の情けなさの表れで苛立ちを感じているのは確かだった。
この状況で機嫌良くいられるほど、俺はまだ大人じゃない。だからと言って、星に腹を立てるのも違うことくらい理解している。
どうしようもない独占欲に火が点いても、己の手で消火せざるを得ない。ランに促され、星は俺の眼を見て怯えてしまったから。
「……そんな顔すんな、別に怒ってねぇーから大丈夫だ。ずっと不安だったろ、気づいてやれなくて悪かった」
「ううん、オレのほうこそ。白石さんと一緒に過ごせる時間が嬉しくて、前髪のこと考えてなかったから……それに、さっき白石さんが気持ちを汲んでくれて、オレとっても嬉しかったんです。白石さん、ありがとうございます」
俺は素直に自分の非を認め、星の肩を抱いた。すると、星は顔を赤く染めつつも俺への感謝を伝えてくれたのだ。
真っ赤になっていく星は、本当に可愛い。
可愛い、けれども。
「はぁ……初々しいわぁ、なんて儚いの。甘い夢でも見てるみたい、ううん……違うの、コレは現実なのよ。もうっ、もっとやってちょうだい!」
オカマ野郎は、平常運転だ。
キャーキャー言って喜ぶランは、とてつもなくウザい。
俺も星も、ランに見せつけるために互いの気持ちを口にしたワケではないんだが。
「……白石さん、オレたち今は離れたほうが」
騒がしいランのせいで、星は俺から距離をおこうと身を引いてしまった。それもそのはず、前回ランの店に二人で訪れたときはまだ、お互いに告白すらしていなかったのだから。
ランはすでに、俺と星が付き合っていることを知っている……という事実を、俺は星に伝え忘れていたけれど。
「いいのよ、星ちゃんは雪夜の恋人なんですもの。二人のことは、雪夜から聞いてるから大丈夫。こんなに甘ったるい雪夜なんて、今まで見たことなかったから嬉しいわ」
俺より先にランが口を開き、星は安堵しつつも俯いてしまって。
「いやっ、あの……でも、やっぱり」
恥ずかしさには勝てない仔猫は、人前で戯れ合うことを好まない。ランの前でもそれは変わることがないらしく、歯切れの悪い星の言葉をランは遮るようにこう言った。
「それだけ星ちゃんは、雪夜に愛されてるの。本当にね、凄いことなのよ……こんな男が、人を愛する日が来るなんて」
「ラン、もうその辺にしといてやれ。星が羞恥心で死んじまう……あと、生徒には手出すなって後輩教師に伝えとけ」
「もちろん、雪夜の大事な星ちゃんですもの。でも、昌ちゃんはノンケよ。注意をした生徒の恋人が、たまたま雪夜だったってだけだと思うわ」
「世の中、狭すぎんだろ」
「そんなもんでしょう?でも、今回は狭くてラッキーだったわね。昌ちゃんが私の知り合いじゃなかったら、来週から星ちゃんは雪夜だけの人じゃなくなってるわよ」
たかが前髪、されど前髪。
魅せ方一つ変化させるだけで、星は人を惹きつける。本人は気づいていないようだけれど、その裏では光や弘樹の苦労があるのだと俺は改めて実感した。
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