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第170話

オレと白石さんが交わした口付けを、ランさんは知らない……と、思いたい。 意地悪なキスのあと。 通話を終えたランさんが姿を見せたのは、オレが平常心を取り戻せたころだったから。オレは、ランさんに見られていないことを祈るのみ。 お店のオープン時間が近づいていたため、オレの前髪について詳しい話をランさんから聞くことはできなかったけれど。 大丈夫だって言ってくれた、ランさんと白石さんの言葉をオレは信じようと思ったんだ。 そうこうしているうちに、辺りはすっかり暗くなっていて。店内のライトに艶が増したころ、オレは白石さんの後ろに着いて、カウンターから個室へと移動した。 今からは、兄ちゃんたちとゴールデンウィークの打ち合わせがあるからだ。 ランさんのお店の個室は、とっても居心地がいい空間で。真ん中にあるテーブルを囲うように、ふかふかのソファーがあり、のんびりと寛げそうな雰囲気。 というより、白石さんはもうすでに寛いでいるから。ソファーに腰掛け長い脚を組み、ゆったりと煙草を吸っている白石さん。 オレはそんな白石さんの隣に座って、キョロキョロと部屋中を見渡しながら兄ちゃんたちを待っていた。 すると突然、白石さんのスマホが鳴って。 チラッと通知を確認した白石さんは、テーブルの上にあったガラス製の灰皿で煙草の火を消した。 「ん、光たち着いたって。たぶん、アイツらすぐに……」 「ラーンちゃーんっ!!」 白石さんが何か言おうとしたのも、束の間。個室の扉が閉ざされているのにも関わらず、ソレをすり抜けて聴こえる兄ちゃんの声がした。 「あら、光ちゃーんッ!!」 続いて、いつも通りのランさんの声が店内に響き渡る。まだ開店直後だからか、店内にお客さんがいないことは幸いだと思った。 「マジでうるせぇ、帰りてぇ……」 そう呟いた白石さんの声は、きっと二人には届かないんだろうと思う。オレはなんだか白石さんが気の毒に感じたけれど、オレに為す術はなくて。 勢いよく部屋の扉が開いたかと思うと、美人さんが二人揃ってキャーキャー言いながら両手を振り合っていた。 ……この二人、どっちも男なんだっけ。 兄ちゃんとランさんを見て、オレがそんなことを考えていると。二人の後ろから、とても聡明そうな眼鏡姿の男の人が現れて。 「久しぶりだな、雪夜」 白石さんに挨拶をしたその人が、きっとインテリ眼鏡の優さんなんだって。そう思ったオレは、白石さんの隣で小さく会釈する。 すると、優さんと思われる人はオレに柔らかく微笑んでくれた。 「こんばんは……と、初めましてだな。君の兄の光と、そこにいる奴と、それなりに仲良くさせていただいてる河口優だ」 「……は、初めまして。えっと、兄がお世話になっております。オレ、弟の青月星です……あの、よろしくお願いします」 この場で初対面なのは、オレと優さんだけだから。内心は結構緊張していたけれど、兄ちゃんとランさんの騒がしい声がオレの緊張感を和らげてくれて。 「お前、クソ可愛い」 オレの隣でそう洩らした白石さんは、オレの髪をくしゃりと撫でると目を細めて笑ったんだ。

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