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第175話

美味しいご飯をいっぱい食べて、もうすっかり満腹で。じわりじわりと襲ってきている睡魔に耐えながら、オレはぼんやりと向かいの二人を眺めている。 兄ちゃんと優さんは二人でスマホを見ながら、お泊まりに持っていくものを色々と調べているようで。 「泳げない海なら、浮き輪はいらないでしょ……でもやっぱり遊びたいから、タオルは多めにあったほうがいい?」 「そうだな。砂丘だと足元も汚れてしまうだろうから、そのほうが良さそうだ」 「砂丘かぁ……ん、良いコト思いついた。優、当日の天気は晴れるようにお祈りして」 優さんに向けて笑う兄ちゃんは、とても綺麗で幸せそうだ。兄ちゃんと優さんは中学からの同級生だって言っていたから、その年月で築いた仲の良さなのかもしれないけれど。 オレの知らない表情をして、オレの知らない態度を見せる兄ちゃん。そんな兄ちゃんのすべてを包み込むかのように、受け入れている優さん。 オレと白石さんのことは、兄ちゃんから優さんに話しておくって……ゴールデンウィークの話がでたときに、言われたような気がするけれど。 優さんは、一体どこまで知っているんだろう。兄ちゃんも、ランさんも、ついでに弘樹も……オレと白石さんが男同士ってことについて、疑問を抱くことはなかった。 でも、よくよく考えると一般的には受け入れてもらえないお付き合いだから。優さんがすでに、オレと白石さんの関係性を知っている……のか、分からないんだ。 けれど。 オレの気持ちはお構いなしで、兄ちゃんと優さんは目の前で仲良くしている。そんな兄ちゃんを見ていると、なんだかすごく羨ましく思えて溜め息が漏れていく。 ……だって、オレはとても眠たいんだ。 オレの上の瞼と下の瞼が、仲良くなりたいと必死になっている。今にもくっついてしまいそうなその上下に意識を向けて、なんとか起きていようと試みるけれど。 オレはウトウトしながら、隣にいる白石さんの肩に頭を預けてしまった。 「……星?」 少しだけ驚いた様子で、オレの名前を呼ぶ白石さん。でもその声は甘くて優しくて、もっと近づきたくなってしまう。 オレも、オレだって。 白石さんとあんなふうに笑い合いたいし、柔らかい髪を指先に巻き付けて遊びたい。それに、できることなら抱きついていたいし、もっとオレに触れていてほしい。 でも。 今は兄ちゃんと優さんがいるから、白石さんと二人きりのときみたいにオレが甘えることはできないんだ。 当たり前のことなのに、それがなんだか寂しく思える。オレからのキスは盛大にお断りしてしまったし、今以上に密着してしまったら……優さんに、怪しまれてしまうかもしれない。兄ちゃんに、またオレたちはからかわれてしまうかもしれないのに。 オレの眠たすぎた頭では、もうまともな判断はできなくて。半分、夢の中に入っていたオレはポツリと最後に呟いたんだ。 「……噛んで、いい?」 それは、お店に流れる柔らかい音楽にさえ消し去られてしまうような、小さな小さな声だったのに。 白石さんは手に持っていたグラスを置くと、俯いているオレの前に綺麗な手を差し出してくれた。

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