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第210話

逃げた仔羊のことを考えつつも、俺がぼんやり煙草を吸っていると、満足そうな光とずぶ濡れの優が俺の元までやってきた。 「優、潮水と日差しで肌真っ赤じゃねぇーか。すげぇー痛そう、ヤバ」 「俺に追いつけなかった優が悪いんだから、捕まえてってちゃんと言ったのに」 「光、楽しかったか?」 「うんっ!ありがと、優」 「光が楽しかったなら、それでいい」 優が日に焼けた赤い手で光の頭をそっと撫でると、光は優のその手を取って手の甲に軽くキスをする。 「お前らなぁ……っつーか星は?光にタオル渡して、アイツ何してんだ?」 星がいないタイミングでイチャつくアホ二人に、俺は苦言を呈そうと思ったが。役目を果たしたはずの星は、まだ戻ってこない。それが気になった俺は、光に問い掛けた。 「なんかね、すごいキレイな貝殻見つけたって言って、俺にタオル投げて砂浜走っていっちゃった」 あの星なら、あり得る行動だ。 そう思い俺は煙草の火を消すと、携帯灰皿に吸い殻を押し込んだ。 「荷物の見張り交代。俺、星んとこ行ってくるわ」 王子と執事に少ない荷物を無理矢理預け、俺は下を向いて歩く星の元まで近寄っていく。 小さな貝殻をいくつか手に持ち真剣に砂浜を見つめながら歩く星は、近寄る俺の存在に気づいていない様子で。俺は星にそっと近づくと、後ろから思い切り抱きつき、わざと低い声で囁いてみる。 「……キミ、ナニしてんの?」 「ひゃぁっ?!ちょっ……離してくださいっ!って……あ、白石さんだ」 一瞬ビクッと体を震わせて、暴れようとした星だったが……すぐに俺だと気づいたらしく、名前を呼んできた。 「よく分かったな、声変えてみたのに。すげぇーな、星くん」 「んー、確かに声は低かったですけど。白石さん、さっきまで煙草吸ってたでしょ?煙草の匂いと抱きしめられた感覚で、白石さんだって分かりました」 はしゃぐ友人を見ていたからか、俺も随分とアホになってきたらしい。 星を驚かせようと行動したけれど、結果的に驚いたのは俺の方だった。姿形を見ることがなくても、少ない判断材料で星は俺だと気づいたのだから。 そんな星を抱きしめたまま、俺は歩き出す星にくっついて大股で歩いていく。 「あの、歩きづらいです……それに、誰かに見られちゃいます」 「見られたところでお前ちっせぇーから、性別なんてわかんねぇーよ」 俺は一度、仔羊に逃げられているから。 せっかく捕まえた獲物を、ここで離してやるわけにはいかない。 「白石さんって、都合の良い人ですね」 文句を言いつつも、しっかり俺の腕の中に収まりながら歩いていく星が可愛くて仕方ない。悪い狼に捕まったら最後、仔羊の運命は美味しく喰われるのがお決まりだから。 「そんな俺に惚れたのは、お前だろ」 俺はそう言と、後ろから星の行き先を誘導しながら、人気のないテトラポットの裏側まで歩いていった。

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