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第214話

日が沈み、薄らと夜の色に変わりつつある景色を眺めながら、俺たちは徒歩で温泉施設へと向かった。 外観は日本庭園のような風貌をしている日帰り天然温泉、連休の最中ではあるものの利用客はわりと少なめな印象だった。 「いい湯だねぇー、お肌ツルツルになっちゃう。マグネシウムは美肌効果があると言われ、潤いのあるみずみずしい肌をつってくれます……だって、俺が益々美人なっちゃう」 洗い場で、各々カラダを清め終わったあと。 広々とした露天風呂に浸かりながら、光は湯の効用が書かれた掲示を読み上げている。その横で、両腕を組み滝行でもしそうな男は目を閉じて湯に浸かっていた。 そんな二人を前にしつつ、俺も露天の湯に身を沈めていく。少し熱めに調整された湯の温度だが、浜風が流れてくるとそれも心地よく感じた。 「たまには、温泉もいいもんだな」 そう呟いた俺の言葉に、頷いてくれたのは星だった。俺を追いかけ外の露天へとやってきた星は、俺の隣でちょこんと湯に浸かっている。 「優の肌は日焼けで真っ赤になってて痛そうだし、ユキちゃんのカラダはなんでかなぁー、傷まるけだね?」 そう言った光はニヤリと笑い、俺ではなく星を見ていて。問われた星は俯いたまま、何も言わないようにじっとしていた。 しかしながら、濡れた髪から落ちる水滴が首筋に流れ、俺が数日前に付けた赤い痕を艶やかせているから。 「お互いそれなりの痕がついてるのに、これでまだヤってないとか言われても、信用できないんだけど……お兄さん、心配しちゃう」 「余程……いや、なんでもない」 心配といいながらニヤつく光と、何かを言いかけて口籠る優の餌食となってしまうのはどうしようもないけれど。 「心配なら、あんなモン渡してくんじゃねぇーよ……っつーかなんだ、お前らは」 「まぁ、そうだけど……でもさ、やっぱりもうセック……ンンッー!!」 「光。ここには公の場だ、そのくらいにしておきなさい。それより雪夜、夕食をここのお食事処で済ませて帰ろうと思ってるんだが……星君と雪夜も、それでいいか?」 周りにいるヤツらのことも考えての行動か、優はニヤつく光の口と鼻をグッと押さえたまま問い掛けてきて。 「俺はなんでも構わねぇーよ、星は?」 恥ずかしそうに俯いたまま、無言でいる恋人に確認を取ると、星は首を縦に振っていた。 「んっぁ、ハァ…優っ、苦しいッ…」 鼻と口を押さえられ、呼吸ができずにいた光はケホケホと咳をしながら苦しそうにしている。切れ長の光の瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。 そんな光の表現を、満足そうに見つめる優はニィと笑って、光の涙を指の腹でそっと拭う。 「苦しい?悪さをしたのはお前だろう。あまり調子に乗るな、王子様」 「偉そうに、可愛くないね」 呼吸を奪われておきながら、それでも反論する光は、優の日焼けした赤い肌に爪を立てて引っ掻いていく。 「……光、痛い」 歪む優の顔と、満足そうに微笑む光。 そのやり取りを俺の隣で見ていた星は、そっと俺の手の甲に爪を立てて笑った。

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