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第229話
「星、眠いなら寝てていいんだぜ?後ろの二人なんか、爆睡してやがるしな」
楽しかった宿にお別れをして、帰り道の車の中で、オレは運転する白石さんを眺めていた。
兄ちゃんと優さんは後ろの席で、お互いにもたれ合って幸せそうに眠っている。
「本当に眠くなったらオレ、勝手に寝ちゃいますもん……それまでは、少しでも長く白石さんと一緒にいる時間を楽しみたいんです」
本当はね、もう眠たいんだけれど。
家に着いてしまったら、白石さんとは会えなくなってしまうから……あと少しだけでも、残された時間を大切にしたくて。
「可愛いこと言いやがって、ありがとな……でもお前、明日朝から学校だろ。あんま無理すんなよ」
「それは、そうですけど。白石さんも明日からはバイト詰めで、しばらく会えないじゃないですか」
長いようで短いゴールデンウィークは、あっという間に過ぎてしまったから。この連休の休みを勝ち取るために組まれたシフトで、白石さんは明日からバイト詰めになってしまうんだ。
オレも、明日からは通常通りの日常がやってくるんだと思うと、やっぱり寂しいから。
「寂しい?」
「……当たり前、です」
白石さんからの問いに、素直に頷いたオレはそう洩らすけれど。
「可愛いヤツ」
そう言って、片手で運転しながら煙草を咥える白石さん。窓を開けて夜風が抜けても、少しだけ香るブルーベリーの煙草の匂い。
落ち着く香りが漂ってきて、オレは瞳を閉じそうになる。
「……ん、子守唄でも歌ってやろーか?」
そんなオレに、白石さんは笑いながら声をかけると、カーステレオから流れてきた音楽に合わせて、鼻歌のように小さく口ずさみ始める。
歌われた曲はオレの知らない曲だけど、白石さんの歌う声はとても穏やかで、いつまでも聴いていたいくらい心地が良い。
「白石さん……歌、上手ですね」
「そうか?俺さ、この曲すげぇー好きなんだよ。理想の恋愛っつーか、人を愛したことのない俺でも、誰かをこんなふうに想えるときがくんのかなって思っててさ……そしたら、その誰かはお前だったんだけど」
白石さんが歌ってくれているその曲は、愛しの人へと向けられたバラード調のラブソングで。
「この曲は、俺からお前に贈るから。最後のフレーズ、ちゃんと聴いとけよ」
なんて、俺らしくねぇーなって。
白石さんが照れくさそうに、そう言って笑うから。オレは薄れていく意識の中で、白石さんの声を聴く。
一緒にいるだけで泣けてくる夜も。
幸せ過ぎて苦しいなんて思う事も。
そう思う相手は白石さんで。
あのとき、オレの部屋に白石さんがいなかったとしても。
オレは、きっと。
この曲のように、白石さんに恋していたんだと思う。
白石さんが大好きだと言った曲。
オレに贈ると、そう言ってくれた曲。
その最後のフレーズは。
『愛の本当の答えを二人で見つけような』
そう、締め括られていた。
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