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第231話

見慣れた景色まで戻ってきた車で、優の家に寄り礼を言いに行き、優とはそこで別れて。俺は今、青月兄弟の家の裏の公園に車を駐めたところだ。 「俺、先に家入っとくね。ユキちゃん、送ってくれてありがと。せいはあと少しだけ、ユキに甘えてからおいで」 「あ、うん……ありがとう、兄ちゃん」 珍しく光が気を利かせてくれたおかげで、車内には俺と星の二人だけ。 結局、俺の子守唄を聴いて車内で眠ってしまった星は、目をこすりながら離れたくないと小さく呟いて俯いてしまった。 いつもよりも長い時間一緒に過ごした分、離れるときに感じる寂しさが募って、俺たちを苦しめる。 「帰りたく、ない」 「……星」 そんなことを言われたら、帰せなくなるのは俺の方だ。少しの沈黙すらも耐え切れず、俺は残り少ない本数になった煙草を咥える。 ひと息吸うごとに、風に流されゆらりと消えていく紫煙。無言で煙草を咥える俺に、星は小さく呟やいた。 「ごめんなさい……白石さんを困らせたいわけじゃないんです。でも……オレ、寂しくて」 「別に、困ってねぇーよ。寂しいって想ってもらえるってことは、愛されてる証拠だ」 「白石さんは、平気なの?」 寂しくない、ワケがない。 自ら孤独を望んでいた、星に出逢う前の俺はもういないのだから。 家に帰れば俺はいつだって独りで、隣にいない星のことを想いながら、独り寂しく寝付けない夜を迎えて途方にくれる毎日だ。 真っ黒の大きな星の瞳から、今にも零れ落ちてしまいそうな涙。 こんなとき、なんて言ってやればいいのだろう。寂しさを癒して、安心させて、慰めてやれるような言葉なんて、俺は生憎、持ち合わせていない。 このまま、お前だけを奪い去りたい。 なんて、ありふれた言葉だけじゃ、この先の未来を共に歩んではゆけないのかもしれないけれど……俺は、繋いだ手を離す気などないから。 俯く星をただ抱き寄せて、唇を奪う。 伏せられた瞼に、長い睫毛を濡らすのは、言葉にならない溢れる想いで。 ……俺は、星を泣かせてばかりだ。 重ね合う唇から伝わる切なさに、いっそのこと、このまま連れ去ってしまいたいとさえ思う。 頬につたう涙を指で拭って、情けない俺が映る星の瞳を覗き込む。 「寂しくないワケねぇーだろ、でも……お前も俺もまだ学生だし、お互いにやるべきことはちゃんとしねぇーとな」 自分自身に言い聞かせるように、俺はそう言って俯く星を強く抱きしめた。 「白石さん、好き、大好き……」 「ん、俺も星が大好き。ちゃんと毎日連絡入れてやっから……次会うときまで、いい子にしとけ」 次、いつ会えるかなんて。 この先の予定がハードすぎて、確実な日程はまだ抑えられていないけれど。 「……うん、待ってます」 星は頷いて、微笑んでみせた。 切なそうなその笑顔に、俺の心が締め付けられる。これ以上一緒にいたら、本当に帰せなくなってしまう。 「……じゃあ、またな」 名残惜しく星の首筋にきつくキスを落とし、俺は車から降りた星を見送った。

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