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第238話
「お前の奢りなんて、いつも安モンだろーが。でもまぁ、今回は俺の言うこと聞かなかったコイツもわりぃーからな。康介、お前まだ仕事あんだろ。早く戻れ、それと」
……サンキュー。
小さな声で、浅井さんに向けて言った白石さんの感謝の言葉。
「……白石ぃー、それヤバい。俺、照れちゃう、ドキドキしちゃう。こりゃ仔猫ちゃんもメロメロだっ!さてさて、俺はあと1時間働きますよー。誰かの弟君くん、またねーんっ!」
「あのっ、ありがとうございました」
ヒラヒラと手を振って、浅井さんはショップの中へと戻っていった。
そんな浅井さんの後ろ姿を見送り、白石さんは無言でオレの制服の袖を掴むと、何も言わずに歩き出す。いつもより早足な白石さんに引っ張られるようにして、オレは後を追っていく。
キラキラと光る、夜のお店のライトが眩しい。昼間は感じることのない独特な街の空気感が、オレの心を騒つかせる。
浅井さんが言っていた通り、呼び込みや勧誘をしている人がオレの横を通り過ぎていって。オレが触れちゃいけない世界が、すぐそこにあることを知った。
たぶん、誰もが見て見ぬふりをして。
その誰もが、この夜の街に溶け込んでいるんだと思うけれど。
オレを離さないように、白石さんにしっかりと掴まれてはいるものの。オレの短い脚では、白石さんの歩く早さについていくのがやっとで。
「白石さんっ、ちょっ……」
ちょっと、待ってほしいって。
そう伝えようとしたオレは、思わず息を呑んでしまった。
何も言わずに、ただ振り返りオレを見る白石さんの淡い色の瞳が、細められて鋭く揺れたから。
いつもより、冷たい視線。
いつもより、熱を持つ瞳。
すごく、ゾクっとした。
それが、何を意味しているのかは分からないけれど。
恐怖でもない。
驚きでもない。
得体の知れない感覚。
お互いが無言のまま、ショップ近くのコインパーキングまで辿り着く。オレはポイッと車の助手席に放り込まれ、白石さんは運転席に乗り込むと、何も言わずに煙草を咥えた。
カシャンと、音がするシルバーのジッポ。
咥えられた煙草の先に、揺らめく火が移りゆく。微かに香り出すブルーベリーの甘い匂いに、オレの身体は痺れていく。
少し長めの、栗色の髪。
俯き加減で前髪が掛かる横顔からは、煙草を咥える口元しか見えなくて。
「星」
いつもより、低い声。
それでいて艶っぽい色気のある声で、白石さんはオレの名前を静かに呼んだ。
「あの…しらっ…ぃ、んっ…」
呼びたくても、最後まで呼べない名前。
オレの後頭部に回される、白石さんの大きな手。久しぶりのキスで、触れ合う唇はとてつもなく甘くて。
「ぁ、んッ…」
「お前、溶けんの早すぎ」
絡められる舌が熱い。
「んぁ、だっ…てぇ、ムリぃ」
一瞬で、白石さんに溺れたオレは、瞳を潤ませ縋るように白石さんを見つめていた。
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