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第259話
お昼ごはんは、西野君と一緒に食べた。
母さんが作ってくれたお弁当は、いつでもとても美味しいのに。今日はなぜだか、味がしなくて……西野君となにを話していたのかさえ、オレはよく覚えていなかった。
きっと、午後からは横島先生の授業だったと思うんだけど。オレはこんな状態で実習とか最悪だって、思ってしまっていたから。
弘樹のことばかり考えているわけにはいかないって、わかっているけれど。それでも弘樹の苦しそうな笑顔が、オレの頭から離れてはくれなかった。
学校での帰り際。
西野君に横島先生と話してから帰るねって、そう言われた気がするんだけど。オレは返事をしたのかさえ、覚えていなかった。
トボトボと、家まで帰った記憶はある。
だって今は、自分の部屋にいるんだから。
この部屋で、オレは白石さんに出逢って。
弘樹とは、数え切れないくらい遊んだ場所でもあるけれど。オレが知らないあいだに、あの二人は一体なにを話していたんだろう。
今まで気にしていなかったオレが、馬鹿だったのかな……いや、たぶん。オレは、見て見ぬフリをして、白石さんの優しさに、弘樹の笑顔に、甘えていた。
自分のことしか、考えていなかったんだ。
何も言わずに、オレの隣で笑っていてくれる二人は、オレにとってどちらも大事な人なのに。
どこから拗れてしまったのか分からない関係は、オレの心を乱して狂わせる。
白石さんに、会いたい。
オレ独りじゃ、こんなの苦しすぎるから。
分からないことが、曖昧なことが多すぎて。
大丈夫だって、白石さんに抱きしめてほしいと思ってしまうオレは、弘樹とどんな顔をして会えばいいのか分からない。
オレは、白石さんが大好きで。
弘樹は、オレのことが好きで。
白石さんは、弘樹の気持ちにどう向き合っているのか分からない。
なんで、こんなに苦しいの。
人を好きになったら、幸せで溢れるものだと思っていた。けれど、それは幻想で……寂しいときも、不安なこともあるんだって、白石さんを好きになったオレは、色んな感情を知ったけれど。
親友の好きな気持ちに気がついてしまったオレは、弘樹の真剣な思いに、どう応えてあげたらいいのかわからないんだ。
わからない。
……こんなの、全然わかんない。
ポタポタと、涙が流れ落ちていく。
一度溢れ出したら、なかなか止まってはくれなくて。オレのこの涙は、誰に向けたものなんだろう。
ゆっくりと、開いた部屋の扉。
優しく笑うのは、白石さんじゃないけれど。
抱きしめてくれたその手は、とても懐かしい感じがして。
「……せい、なにかあった?話せるならはなしてごらん、お兄さんが聞いてあげる」
甘くて爽やかな、香水の香り。
白石さんとは違う、兄ちゃんの匂い。
兄ちゃんは、オレの涙をゆっくりと指で拭ってくれて。
「兄ちゃん……オレ、どうしたらいいの」
泣きながら溢れ出た言葉に。
兄ちゃんは、オレが大好きだった優しい笑顔で微笑んでくれた。
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