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第268話
「……スミマセン、連絡なしにバイト先まで押し掛けちゃって」
芝の公園のベンチに腰掛け、バイト終わりの一服を堪能する俺に、弘樹は深く頭を下げてきた。
「別に気にすんな、とりあえず座れよ」
俺の隣に少しだけ距離をおいて座った弘樹に、自販機で買った缶コーヒーを手渡してやる。
「飲めるか?お前の分は微糖にしといたけど」
「大丈夫ッス、ありがとうございます」
カコンと飲み口を開けて、そのまま一気に缶コーヒーを飲み干した弘樹は、なんとも渋い顔をしていた。
飲みなれない味なのか、余裕のなさからくる心境がそのまま顔に出たのかは不明だが。弘樹なら飲めると思って微糖にしてやったが、星と同じカフェオレかココアにしといてやればよかったかもしれない。
そんなことを思いながら、ブラックコーヒーを飲んでいた俺に弘樹は小さく呟いた。
「白石さん、俺……セイにフラれてきました。気持ちの整理はまだ上手くできないけど、セイが俺と親友でいてくれるって……それだけで、俺は」
ぐすんと、聞こえ始める鼻をすする音。
情けなくて、悔しい。
そんな誰にも言えない想いを抱えていた一人の高校生は、俺の隣で泣き始める。
弘樹が落ち着くまで、泣かせといてやろう。
「……なんか、スミマセン」
「んー、別に気にしてねぇーよ……落ち着くまで待っててやっから、好きなだけ泣け」
そう弘樹に伝えたあとは、無言のまま時間が過ぎていった。
風すら吹かない、蒸し暑い夜。
公園の小さなライトの下で古ぼけたベンチに腰掛け、想う相手はお互い同じ。
吸っては消してを繰り返しながら煙草を吸う俺と、そんな俺の隣で泣いている弘樹。
星のことを想う気持ちの年数なら、遥かに俺より長い弘樹には、いくら泣いても流れ落ちない想いがきっとあるハズだ。
星が俺との愛を深めていくあいだに、弘樹の想いが限界を迎えていたことに俺は気付いていた。
星とあった出来事やその想いを、小まめに俺に連絡をくれる弘樹。もう一度だけセイに告白すると、そう話した弘樹に俺は、少しでも優しい言葉を掛けてやることができていたのだろうか。
他人を労うのは、苦手だ。
うわべだけなら、社交辞令なら、いくらでも誤魔化しが利く。しかし、真剣な想いを抱えてぶつかってきた弘樹に、上っ面だけの言葉を投げても意味がないと思った。
弘樹には、俺がどんなふうに見えているのだろう。憧れや尊敬されるような人間じゃない、情けないのは俺も同じだ。
そんなことをただぼーっとしながら考えていた俺に、泣き終わった弘樹は深呼吸すると俺の前に立ち、頭を下げる。
何を言うのだろうと思った俺に、地面につきそうなほどのお辞儀をした弘樹の言葉は。
「あの……俺のコト、犯してくださいっ!!」
「ハァッ?!」
何を仕出かした、そう聞かずにはいられない。そんな弘樹からの、禁断の告白だった。
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