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第283話

ランさんのお店を出て、白石さんが連れてきてくれた場所は小さな科学館だった。ココなら人もいないからって、白石さんはそっとオレの手を取って歩いてくれる。 繋がれた手と、オレの歩幅に合わせるようにいつもよりゆっくりと歩いてくれる、そんな白石さんの何気ない優しさが嬉しくて。 二階にあるこじんまりとした小さなホールまで行くと、観客席が結構あるのに、その中はガランとしいて、本当に誰もいなくて貸し切り状態だった。 「……本当に、人がいない」 「平日の昼間に、わざわざこんなちっせぇー科学館に来るヤツなんて誰もいねぇーよ。行くなら駅前の、クソデカい科学館行くだろ」 「……じゃあなんで白石さんは、ここにオレを連れて来てくれたんですか?」 「お前人混み苦手だからな、駅前よりものんびり過ごせる場所の方が良いかと思って。ちっせぇーけど、プラネタリウムには代わりねぇーし」 確かに……駅前の科学館なんて行ったら、オレは人混みで疲れ果ててプラネタリウムどころじゃない気がする。 「ココ、俺の特等席……今日は特別に、俺のお気に入りの場所を星くんに譲ってやるよ」 白石さんにそう言われて、リクライニング式のシートにゆっくりと腰掛ける。オレの隣に座った白石さんはプラネタリウムが上映されるまでのあいだ、オレの頭を撫でながら穏やかな声で話してくれる。 「ここは俺が小さいときに、良く忍び込んで遊んでた場所。星が座ってる席は、あの頃の俺が見つけた特等席。その席からが一番全体を見渡せて、すげぇーキレイに見えんだよ」 「七夕の誕生日にプラネタリウムなんて、素敵過ぎて恥ずかしいです……でも、忍び込んで見つけたって……白石さんは小さい頃から、白石さんなんですね」 「なんだソレ。別に悪さしてねぇーし、バレなきゃ何でもいいだろうが」 いつも思うけど、この人は本当に変な人だ。いいことと悪いことの区別くらい、ちゃんと分かってるはずなのに。 「白石さんって本当、全然いい子じゃない」 「いい子じゃねぇーなら、ココで悪さシてもいい?」 囁く甘い声とともに、カプっと耳を噛まれて身体中に電気が走る。 「……ちょっ、ッ!」 こんな所じゃできないって、オレが言おうと思ったとき。白石さんがクスっと笑って、オレの頭をわしゃわしゃと撫でて言った。 「なんてな……こんな場所でシねぇーから、安心しろ。20時までには家に帰すって、光と約束してんだ。それにお前、明日までテストだろ?お楽しみは、やることちゃんとやってからな」 ……少しだけ、期待してしまった自分が恥ずかしい。 『織姫と彦星と、その間を流れる天の川。七夕の夜にはどんな星空が見えるのでしょうか。此処では、皆様を素敵な星空の世界へとご案内致します───』 流れてきたアナウンス。 真っ暗になってしまった、小さなホールに二人きり。ドクドクと高鳴る心臓の音が、やたらと大きく聞こえる気がして。 オレの唇に、ふわりと落とされた優しいキス。 まるでそのキスが合図かのように、真っ暗な世界が一瞬にして満天の星空に変わっていった。

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