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第293話
「白石さんのご兄妹って、どんな方ですか?やっぱり、お兄さんや妹さんも、やんちゃさんなんですか?」
俺のことを知りたいと言った星は、兄妹のことが気になるのか俺にそう訊いてきた。あまり話したくはないが、俺の全部を教えてやると星に会ったときに約束した以上、話してやるべきなんだろう。
それにしても……やんちゃさんって、なんだ。星の言葉の節々に感じる、曖昧だがなかなかに棘のある単語たち。
煙草を咥え、深く煙を吸い込み吐き出して。
星の瞳を見ることはせず、揺らぐ紫煙を見つめながらゆっくりと開いた口は、いつも以上に重く感じた。
「やんちゃ……ってか、ヤンキーっつーより悪魔。俺に酒と煙草教えたのは飛鳥だし、人の殴り方を教えたのは遊馬。アイツら、キレるとすげぇーから。どこぞの戦闘民族かよって思うくらいに暴れんぞ、俺より遥かにヤバイお兄様二人だ」
ちびちびとココアを飲んでいた星の表情が、次第に引きつっていく。星の兄貴は優しい王子様だし、暴れる兄貴の想像なんてできないのだろう。
「妹の華は女だから暴れることはねぇーけど、たぶん口は一番わりぃーと思う……ろくでもねぇーのしかいねぇーよ、うちの兄妹」
……まぁ、だから嫌いなんだけど。
ステラをぎゅっと抱きしめた星の顔は、聞くんじゃなかったと後悔の表情を浮かべていた。
「……不思議なご兄妹なんですね。白石さんが自分のこと、いい子だって言うのが少し分かった気がします」
「アイツらに比べたら、俺はすげぇーいい子なんだよ……色んな意味で」
触れてほしくない過去に、知られたくない自分がいる。そんな俺の思いを知ってか知らずか、星は俺の膝にころんと転がると、俺を見上げて微笑んでくる。
「白石さん……オレ、白石さんが大好き」
俺を見つめる真っ黒で大きな瞳は、すごくキレイで。いつまでもその瞳に、俺だけを映してほしいと願ってしまう。いくら抱いても足りない、いくら言葉にしても足りない……もっと、俺を求めてほしい。
「星……俺のコト好きなら名前、呼んで」
何言ってんだと思いつつ、言葉にしてしまったのは星に愛されたいと思う、俺がいるからなんだろう。
俺だけを見て、俺だけを愛して。
情けない俺でも、お前に触れてていいと実感させて。
「白石さん?」
「ちげぇーよ、下の名前で呼んでくんねぇーの?」
格好がつかない自分を、情けなく思う。
兄妹のことに触れられたくらいで、こんなにも弱るとは俺も思っていなかった。
意味なんかない、俺の名前。
それでも、星が呼んでくれるのなら……意味のある名に、変わっていくような気がして。
「あの、えっと……」
揺らぐ瞳はまっすぐに俺を見上げて、小さな口がゆっくりと動き、星の声となって音を発する。
「ゆき……や、さん」
ぎこちなく、小声で呼ばれた名前。
でも確かに星は、俺の名を呼んでくれた。
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