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第302話

『雪夜、今話せるか?』 バイトを終えて家に帰り、星が作り置きしてくれたハンバーグを解凍していたとき、かかってきたのは優からの電話だった。 「あー、とりあえずは。手短に頼むわ」 珍しい相手からの連絡ではあるが、優は光と違い、比較的こちらの都合を優先してくれるヤツだから。バイト中、今日はロコモコにしようと決めていた俺は、耳と肩の間にスマホを挟んで、目玉焼きを作りながら優に声を掛けた。 『なら、用件だけ先に伝える。8月6日の土曜日にみなと祭りがあるんだが、その祭りに行かないか?因みに星君は、光に強制連行される……さて雪夜、お前はどうする?』 ……強制連行って、星が行くなら行かざるを得ねぇーだろ。 「そんなもん、バイト休んででも行くに決まってんだろ……ったく光のヤツ、また星を囮にすんのかよ」 『皆で浴衣着て行こうねっ!だ、そうだ』 「浴衣なんて持ってねぇーぞ」 『俺のがあるから、それを着てくれ。着付けも俺がするから、その日1日は悪いが予定を空けておいてほしい』 「お前は本当に光の言いなりだな、祭りなんざ優も興味ねぇーだろ……しかも浴衣着てって、面倒くせぇー」 そうは思いつつ星のことを考えると、少し楽しみになる自分に笑ってしまう。 『祭りに興味はないが、浴衣を着た光が見たい。きっと、綺麗だろうから』 スマホ越しの優も、俺と似たような考えで祭りに行くことを了承したことは理解できたけれど。 「ふーん、用件はそんだけか?」 そう言いつつ、俺は出来上がった目玉焼きを米の上に乗せて、肩で挟んでいたスマホを手に持ち替えた。 『ああ、俺からはそれだけだ』 「んじゃ、もう切るぞ。俺、今から星が作ってくれたハンバーグ食うから」 『そうか、じゃあな』 そう言われ、先に俺から切った通話。 優のことは嫌いではないが、光が間にいない限り特に二人で話すこともない。良い意味で、互いにどうでもいい相手だ。 解凍が終わったハンバーグを盛り付けて、完成したロコモコ丼をボーッとしながら胃に流し込む。どけだけ上手く作っても、星と二人で食べるメシのほうが遥かに美味いし幸せだと思った。 ダラダラと片付けを済ませて、シャワーを浴びて。しんと静まり返る部屋の中で、一人ソファーに腰掛けた俺は、煙草を吸うためジッポを手に取った。重みのある感覚と、ほのかに香るオイルの匂い。 咥えた煙草に火を点つけたあと、揺らぐ炎を少し見つめてゆっくりとフタを閉じる。 ……夏祭り、か。   バイトを休んででも行くと優には話したが、休みは極力避けたい。康介にシフトを変われとLINEを送り、なんで?とすぐ返信がきて、コイツも暇なヤツだなと思いながら仔猫とデートだと送り返す。 リア充死ね、と送られてきたすぐあとに、ピコンと出てくるOKのスタンプ。内容のないスタンプだらけのLINEのやり取りを康介としながら、暑い夏の夜に星のいない時間を持て余していた。

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