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第306話

「あのっ、お待たせしてすみません」 色々と悩んでいたら時間は過ぎて、結局オレは雪夜さんを家の裏の公園で待たせることになってしまった。車に凭れて煙草を吸っていた雪夜さんに、オレはぺこりとお辞儀をする。 「待ってねぇーよ、ここ着いてまだ煙草二本目目だし」 ……それは、待っていたことになるんじゃないでしょうか? そう思い俯いたオレの頭を、雪夜さんはくしゃっと撫でてくれる。大きな手でよしよしとされるのは嫌いじゃない、というよりむしろ嬉しいけれど。 「今から、どこに行くんですか?」 電話で訊き忘れたことを尋ねてみると、雪夜さんは笑ってオレを見る。 「決まってねぇーな、星に会うコトしか考えてなかったわ。適当に、ドライブでもするか?」 煙草の火を消した雪夜さんにそう言われて、オレは頷き車に乗った。相変わらず綺麗な車内に感心しながら、オレはシートベルトを締めたけれど。 「星くん、わりぃーけど煙草とジッポ持っといて」 ポイッと投げるようにして渡された、雪夜さんの大事な煙草とシルバーのジッポ。その二つをオレは落とさないように、ちゃんと両手で受け取った。 「持ってるのはいいですけど、大事な物なら投げちゃダメですよ?」 「受け取れるように投げたからいいんだよ」 雪夜さんは笑ってそう言うと、どこに向かうわけでもなく、とりあえず車を走らせる。堤防沿いの一本道、その横に流れる川は太陽の光が反射してキラキラと輝いていた。 「夜の方が綺麗に見えんだけど、昼間はただの道でしかねぇーな。この堤防をこのまま真っ直ぐ行くと、何処に着くか知ってるか?」 この川は、そのまま港まで続いていたはず。 そう思い、少しだけ考えて。 「港……って、もしかして、みなと祭りの場所ですか?」 オレが考えたことを述べると、雪夜さんはふわりと微笑んでくれた。 「正解。当日は車駐める場所ねぇーから、電車で行くらしいけどな。祭りのこと、光から聞いた?」 「はい、雪夜さんも行くから優さんに浴衣借りて、四人で一緒に行こうって」 「……俺ら、完璧あの二人に嵌められたな。星、煙草ちょーだい」 オレは手に持っていた煙草の箱を開けて、そこから一本を取り出し、雪夜さんの口の前に持っていく。軽く咥えられたことを確認してから手を離したオレに、視線だけで合図されたオレが次にすべき行動。 本当は、火を点けてあげたいんだけれど。 ジッポを使いこなせないオレは、雪夜さんの空いている手にシルバーのジッポを手渡した。 「ん、サンキュー」 しっかりと前を向き運転しながら、手の感覚だけで簡単に火を点けた雪夜さん。咥えている煙草からは甘い香りと紫煙が漂い始める。 カシャンと閉じられたジッポをオレが受け取ると、雪夜さんは空いた手の指先で煙草を挟み、その手を軽くハンドルに添えていた。 ……かっこいい。 色気のあるその仕草に、オレはドキドキしてしまう。雪夜さんはただ、煙草を咥えて運転しているだけなのに。

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