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第309話

「お兄さんーっ!ありがとうございますっ!!」 ボールをキャッチした男の子は、雪夜さんに向かい、ぺこりと深くお辞儀をしていた。オレの隣でゆっくりと煙草を吸う雪夜さんは、そんな子供たちの姿を見て笑っている。 それは、オレが初めて見る雪夜さんの無邪気な笑顔だった。いつも気怠そうな雪夜さんも、こんなふうに笑うことがあるんだなってオレは思って。 「雪夜さんっ!!なんであんな簡単そうにボール蹴ってるんですかっ?!サッカーやってたって、本当はすごい上手なんじゃないですかっ?!」 サッカーのこと、オレはよく知らないけれど。 でも、知らないオレから見ても分かるくらいに、雪夜さんのボールタッチは綺麗だった。 「……あぁ、あんくらいはな。練習すりゃ誰でもできんぞ、リフティングできるヤツなら簡単」 何をしててもかっこよくて、料理もできて、サッカーも上手で、雪夜さんって人は本当に素敵すぎる。この人の魅力は、どこまでオレをドキドキさせてしまうんだろう。 「よく知らないけど、そういう問題じゃないですよ。雪夜さん素敵すぎます、かっこよすぎです」 「……星くん、もしかして、惚れ直してくれたりすんの?」 オレを見つめてそう呟く雪夜さんは、意地悪な顔をして笑っている。オレは食べ終わったアイスクリームの包み紙をぎゅっと握って、恥ずかしさを紛らわした。 「だって、すごいなって思ったから」 風に揺れるオレの黒髪を撫でながら、雪夜さんは子供たちのほうへと視線を移す。 「凄くねぇーよ、ほら見てみろ。アイツらもリフティングくらい普通にしてる、まだまだぎこちねぇーけどな」 雪夜さんの視線を辿るように子供たちを見てみると、片足だけで地面にボールを落とさずに数十回蹴り続けていた。雪夜さんは子供でもできることだって、簡単に言っているけれど。 「オレ、あんなことできませんよ?」 自慢じゃないけれど、運動音痴なオレにはあんなこと、いくら練習したってできないと思う。今まで生きていて、リフティングをやってみようとすらオレは思ったことがない。 でも、雪夜さんはオレとは違うから。 「常にボールの中心を意識して、リズム良く足出せばいいだけ……まぁ、それができるようになるまでは結構苦労すんだけど」 幼いころの雪夜さんも、あんなふうに一生懸命ボールを蹴っていたのかなって……そう思うと、とても微笑ましかった。 「今は、サッカーやってないんですか?」 「……やって、ない」 気になって訊いたオレと、小さく呟いた雪夜さん。港の風がぶわっと吹き抜け、栗色の髪が揺れている。オレが大好きな淡い色の瞳が遠くの方を見つめたまま、どこか切なそうで。 見えない表情に、隠されていることがあるんじゃないかって……なんとなく、そう感じたけれど。オレは雪夜さんの手をそっと握るだけで、そのことに触れることはできなかった。

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