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第312話

……うるせぇー、つーか、眩しすぎて目が開かねぇー。 どれくらいのあいだ、眠っていたか分からないが。スマホのバイブレーションで目覚めた俺は、助手席のシートの上で鳴り続けていたであろうスマホに、なんとか手を伸ばして相手が誰かも分からず電話に出た。 「ナニ」 『やーちゃん、元気ー?』 聞こえてきた声に今すぐ切ってやろうと思うが、そうもできない自分。なんとも、最悪な目覚めだ。 やーちゃん。 俺をそう呼ぶ電話の相手は、長男の飛鳥。 俺が嫌いな兄妹の中で、トップに君臨する男。 「元気、じゃねぇーよ……ナニ?」 そう言って、煙草の箱を手に取る俺。 一本取り出し口に咥えて、火を点けようとジッポを手にしたとき。電話越しから微かに聴こえてきたのは、兄貴とは違う女の声とソレを嘲笑う兄貴の声だった。 ……絶倫クソ兄貴、仕事しねぇーで朝からナニやってんだ。 『ナニじゃねぇだろ、元気にしてますか?お兄様、とでも言えねぇの?』 「言えねぇーっつーか、女抱きながら電話してくんなよ。朝っぱらから盛ってんじゃねぇー、仕事しろ」 鬱陶しい。 そう思っても、普通に話せてしまうのはいつも兄貴がこんなだから。27歳にもなって、女抱きながら弟に電話かけてくるヤツなんかどこにいんだよ。 俺の言葉を全く気にせず、抱いているであろう女と平気で話し始める兄貴。 『あーあ、バレちゃった……いや、啼いたから夜までおあずけ……バレたら挿れてやんねぇっつったじゃん。啼いたお前がわりぃんだよ』 遠のいていく女の声と、ライターを擦る音。 兄貴は女から距離をおき、煙草でも咥えたのだろう。 今すぐにでも電話を切りたい、が。 切ったあとのことを考えると、大人しくしているほうが身のためだと分かっている自分に嫌気がさす。 「兄貴、とっとと用件言ってくんねぇーか?」 『やーちゃん盆休み、帰って来ねぇんだってな。車のメンテしてぇから、1日だけでもツラ貸せや』 ……面倒くせぇー、勝手にやってろクソ兄貴。 「俺、この夏バイトでそれどころじゃねぇーんだけど」 『聞こえなかったか?ツラ貸せっつってんの。この俺様に二回も同じこと言わせんな、クソガキが』 相変わらずな俺様野郎。 俺の都合は関係ねぇーのな……やっぱ嫌いだわ、このクソ兄貴。 「ったく、分かった……帰りゃーいいんだろ」 『ん、イイ子。そんじゃ15日の月曜正午に帰ってこい。可愛いやーちゃんには、俺からご褒美やるよ』 「いらねぇーよ」 『それは貰ってから決めろ……あー、わりぃ、キャッチ入ったから切る』 「どーぞご自由にお切り下さいませ、お兄様」 『ホント、可愛いヤツ』 そう言い残し、切られた電話。 スマホで時間を確認すると、俺が眠っていられた時間は10分程度で。怠いカラダに重さが増した気がして、俺は力なく項垂れるしかなかった。

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