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第313話
車のメンテナンス、か。
けれどそれは、本来なら次男の遊馬がする仕事のはず。俺に帰ってこいと言ってきた、飛鳥の仕事ではない。もし仮に飛鳥がすることがあるのなら、整備士の遊馬の隣で手を出すのではなく、口を出すだけだろう。
車のメンテナンスをしたがっているのは遊馬で、何かしら俺に用があるのは飛鳥ということになる。褒美がどうとか吐かしていたが、相変わらず何を考えているのか分からないクソ兄貴だ。
けれど。
帰りたくないが、俺は逆らうこともできなかった。あの兄貴たちに逆らおうものなら、髪の毛掴んで引きずり回される。血の気が多いアイツらがキレると、弟だろうと容赦がない。
あんなクソ兄貴でも、ある程度大人になって落ち着きだしてはいるんだろうが。幼い頃に植え付けられた恐怖心ってのは、なかなか消えることがなかった。
康介ではないが、あのクソ兄貴たちに勝てる自信なんてものはない。そんな自信がもしあったとしても、今更だ。
そんなことを思いながら、煙草を咥えて寺の門を見つめていたとき。光と二人で、こちに向かい歩いてくる星を見つけた。見ているだけで癒されていく感覚に、少しずつ頬が緩んでいく。
一袋二本入り、チョココーヒー味のスムージーアイスを仲良く光と分けながら、可愛い顔をしてパクリとアイスを咥えて歩いてくる星くん。
可愛い弟に、綺麗な兄貴。
この兄弟は仲もいいし、殴り合いの兄弟喧嘩なんて、経験したことはないのだろう。
俺の車に気づいたのか、手を振りこちらに向かってくる金髪悪魔。太陽の光で輝くサラッサラの金髪が眩しい。
……俺はお前じゃなくて、光の後ろを歩いてる星くんが見てぇーんだけど。
星も来たことだし、やっと車から降りる気になれた俺は、煙草の火を消しエンジンを切る。車の中で涼んでいたカラダは外に出た瞬間、暑さを感じ体温が上がっていく。
「おはよー、ユキちゃんっ!」
車から降りた俺に、先に声を掛けてきたのは光だ。そんな光の挨拶を軽く無視して、俺は光の後ろにいる星に声を掛けた。
「はよ、星」
「おはようございます、雪夜さん」
にっこりと笑って、挨拶をしてくれた星。
癒しの笑顔は俺にとって、天使の微笑みのようだけれど。
「ちょっとユキちゃん!俺には挨拶ナシって、どういうことっ?!」
蝉の鳴き声よりも煩わしく感じてしまうほど、本気で怠い今の俺に光の存在は鬱陶しくてイヤになる……星と光は兄弟なのに、何故こうも違うのだろう。
「俺、お前構うほど元気ねぇーよ。今日は執事の優がいんだから、光は優に構ってもらえ。俺は、星くん構うので精一杯」
俺のすぐ近くに来ていた星を後ろから抱き寄せて、光にそう言った俺は早くも安らぎを補充する。やはり星がいるだけで、重いカラダも動いてくれるのだから不思議なものだ。
「雪夜、さん?」
抱きしめた小さなカラダは、夏の日差しに照らされていたせいか、思っていたよりもずっと熱かった。
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