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第314話
汗ばんだ肌に、その首筋に、口付けたくなる気持ちを抑えて……抱きしめて、星の艶やかな黒髪に触れる。やっぱり俺の心を癒してくれるのは、コイツ以外いないと思う。
「あ、あの……雪夜さん?」
「……ん、ナニ」
何度か星から呼ばれていた気はしたが、俺は返事を返していなかったらしい。今になって声をだした俺に、反論してくるのは星ではなく、膨れっ面で俺を睨む光だ。
「ナニじゃないでしょ、溺愛するのは勝手だけど挨拶くらいしてくれない?」
「ったく、朝からうるせぇーよ。オハヨウゴザス、王子様、これでいいだろ」
「……よくないです」
俺の腕の中にすっぽりと収まっていた星が、俺を見上げてそう言った。アイスを咥えていたからか、いつもより赤く見える唇がなんとも可愛いらしい。
「せい、可愛いっ!」
俺と同じことを思ったらしい光は、ニンマリと笑っている。そんな俺たちの元にやって来たのは、優だった。
「光、おはよう。星君も暑い中よく来てくれたね……雪夜、お前は星君を離してやりなさい。そろそろ来る頃だろうと思って、外に出てきてみたらコレだ」
執事らしかぬジーンズに薄手生地のパーカーを着た優が、俺を見て苦笑いする。
「優っ!おはよ、やっぱり優はいい子だね。俺に一番に挨拶してくれたもん」
恥ずかしがる星を仕方なく離してやると、星はペコリと行儀良く優に頭を下げた。
「おはようございます、優さん」
「祭りまで時間ありすぎんだけど、なんで朝から集まんなきゃなんねぇーの?」
港に浮かぶ花火が風物詩とされ、毎年開催されているのがみなと祭りなのだが。花火が打ち上がるのは19時頃で、まだかなり時間に余裕があるため、俺は優にそう問い掛けた。
「朝と言っても、もう10時だ。祭りの屋台はすでに出ているだろうし、電車移動だからな……着付けに時間はそれほど掛からないが、余裕があった方がいいかと」
「優、先にお家お邪魔しとくよ?せいもおいでー」
「星君、悪いが光と一緒に行ってやってくれないか?」
「あ、はい。分かりました」
優の家に来なれてる光のあとを追っていく星に続き、俺もその後ろを追うように歩き出そうとしたとき、優が俺を呼び止めた。
「雪夜、お前はコレを飲んでから行け」
パーカーのポケットから、そっと取り出し手渡された栄養ドリンク。疲れが残っている今の俺には正直かなりありがたい代物だ。
「サンキュー、優……助かる」
「忙しい中、お前と星君を巻き込んで悪かったな。あれでも王子様は、今日を楽しみにしていたのだよ」
渡された栄養ドリンクを飲んでいた俺に、優は申し訳なさそうにそう言ってきた。
「本当だっての。優、俺の星くんのコト……すっげぇー可愛く着付けてやってくれ。そんで、チャラにしてやっから」
「任せておけ」
ふっと笑った優と目が合い、俺もニヤリと笑い返す。
寝不足と気が重かったカラダも、星に触れたことと優のさり気ない気遣いのおかげで、どうにか今日1日をやり過ごすことができそうだと思った。
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