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第315話
土地があるだけ、家は広くなるものなんだろうか。優に案内されつつ広い和室に足を踏み入れて、俺は先に待っていた星と光と合流した。
いくつかある浴衣の中から、好きな物を選んでくれと優に言われた俺たちは、その数の多さに驚いたけれど。正直、俺は浴衣なんぞどれでもいい。
俺はチラリと横にいる星を見て、ニヤリと頬を緩ませながら小さな耳に囁きかけた。
「星は俺に、どれ着てほしい?」
少し考えて、指さされたのは黒色の浴衣。
「えっ……えっと、あの無地の浴衣とか雪夜さん似合いそうです」
「ん、じゃあ俺それにする。星は?」
「星君は、そこにある浴衣とはサイズが違うからな。星君の浴衣はこちらに用意してあるから、安心して待っていろ」
いくつもの帯の束を抱えつつ、優は淡々と着付けの用意をしている。そんな優の姿を眺めながら、俺と星は部屋の隅で腰を下ろし、お互いの髪に指を絡ませ遊んでいた。
「優ぅーっ!!俺、この白いの着たいっ!」
「ああ、光は最初からそれを着るって言うだろうと思っていた」
光は白い浴衣を羽織りながら、クルクルと回って遊んでいる。白に黒、グレーにストライプ、市松模様と、バリエーション豊富なことはいいことなんだろうが。
「優、なんでこんな数の浴衣持ってんだ?お前、呉服屋にでもなるのか?」
キレイに並ぶ和服を眺めて俺がそう訊くと、優は何本かの帯を持って俺たちの前に立つ。
「着物と浴衣は、母の趣味でな……ここ最近は、着ることもなく増えてく一方なんだ。さてと、誰から着付けていけばいいのやら……一番動きが少ない、雪夜からでも構わないか?」
「……俺?」
優にそう問われて、聞き返してしまった。
確かに、この三人で比較されたら一番動かないのは俺だけれど。
「えーっ、優、俺からじゃないの?!」
真夏の蝉より煩い男が、浴衣を羽織り叫んでいる。
「光は動き回るからな。いくら綺麗に着付けても暴れまわっていると、すぐにはだけてしまうだろう?」
「はだけたくらいが、丁度いいんじゃなくて?」
「はだけた姿を見るのは、俺だけで充分だ。浴衣を着たら大人しくしてておくれよ、王子様」
お互いに妖しい笑みを浮かべて、見つめ合う二人の悪魔。星は俺の髪で遊ぶのに夢中で、光と優のやり取りは全く気にしていないようだが。
「大人しく、光ができるワケねぇーだろ。星と違って、この金髪悪魔が大人しいとこなんか見たコトねぇーぞ。さっきも一人で、バカみたいに回ってたし」
猫じゃらしで遊ぶ仔猫のような星を抱きしめて、俺は光にそう言って笑ってやる。
「バカじゃないもん、ユキちゃん酷いっ!」
「ほら、騒いでねぇーでちゃんと座っとけよ。そこの執事に、大人しくしろって言われてんだろ?」
「ユキちゃんに言われると、すっごくムカつくんだけど」
「光、雪夜の言う通りだ。頼むから大人しく、淑やかにしててくれ。それが約束できるのなら、光を最初に着付けてやろう」
「ソレ、誰に向かって言ってんの。淑やかさは誰よりもあるから、ご心配なく」
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