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第324話

「すっごくキレイですっ!」 少し離れた場所から、打ち上がる花火の音。 それにはしゃいでいる星は、浴衣の袖で隠れて見えることのない繋がれた手に力を込める。 花火が始まってから、誰もいなかった河川敷にもチラホラと人が集まってきた。芝の上にレジャーシートやタオルを敷き、腰を下ろして空を見上げる人々。 約三千発の花火が打ち上がる瞬間を、赤の他人同士と共有する時間。最低限のマナーを守って、俺たちはこのときを楽しんでいる。 「人、結構多くなってきたな。早くから、ここのベンチ占領しといて正解だった」 「雪夜、ここはまだ少ないほうだぞ。メイン通りは今頃、人で埋まっているはずだ」 「出店の辺りは、毎年身動きとれなくなるからね。この場所で観る花火のほうが、ゆっくりできて俺は好きだよ」  「少し離れてるから、お腹に響く音もそこまで大きくなくてよかったです」 花火と花火のあいだ、夜空に響き渡る大きな音に声がかき消されてしまわぬように。俺たちは、タイミングを見計らってそれぞれが会話をするけれど。 「一瞬だから、キレイなんだろうね……あと何回、俺は優とこうして同じ景色を観ることができるのかな」 呟かれた光の声は、星まで届いていないようだが。俺が僅かに聴き取れたその言葉に、優が返答することはなかった。 打ち上がる花火の色が変わるたびに、星を照らす色も変わっていく。真っ黒な瞳に映る花火の光は、とてもキレイだと思った。 「……あ、オレこれ好きなんです。打ち上がって、キラキラってするやつ」 「確かに、すげぇーキレイだな」 興奮気味の星にそう言ってやり、繋いだ手をそっと離して俺は煙草を咥え火を点ける。夜空に咲く光の花を眺めながら、深く吸い込んだ煙を俺はゆっくりと吐き出した。 次々と光り輝いては、消えていく花火。 なんとなく視線を感じて星の方を見ると、好きだと言った花火を見ることなく、俺を見つめている星と目が合った。 「星、ちゃんと花火見てねぇーと終わっちまうぞ」 「それは、そうなんですけど……」 俺を見つめたまま、仔猫は口籠もる。 煙草を吸うために、一度離した手はもう繋いでいるし、見つめられるようなコトをした覚えはないのだが。 「どーした、星」 これと言った理由が浮かばずに、本人に確認を取ろうと俺が尋ねると。星は顔を背けながら、ボソッと小さく呟いて。 「あの……雪夜さんがカッコよすぎて、見惚れちゃうというか、なんというか」 ……どんな可愛い理由で、人のこと見つめてくれてんだ。 「嬉しいコト、言ってくれんじゃねぇーか」 「雪夜さん、オレっ……」 星の頬が赤く染まるのは、花火の色のせいだけじゃなさそうだ。恥ずかしがりながらも、星はいつも俺に気持ちを伝えてくれるから。 「花火、終わる前に帰るか?」 「え、でも……」 でもと言いながら、繋いだ手から伝わるカラダの熱さも、潤み始める瞳も。言葉だけじゃ伝えきれない想いを感じたいと、星の表情はそう強請るようで。 「お前がイヤなら、無理にとは言わねぇーけど。光と優は勝手に帰るだろうし、浴衣も車も優に後で一言入れときゃ問題ねぇーし……どーする?」

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