324 / 570
第324話
「すっごくキレイですっ!」
少し離れた場所から、打ち上がる花火の音。
それにはしゃいでいる星は、浴衣の袖で隠れて見えることのない繋がれた手に力を込める。
花火が始まってから、誰もいなかった河川敷にもチラホラと人が集まってきた。芝の上にレジャーシートやタオルを敷き、腰を下ろして空を見上げる人々。
約三千発の花火が打ち上がる瞬間を、赤の他人同士と共有する時間。最低限のマナーを守って、俺たちはこのときを楽しんでいる。
「人、結構多くなってきたな。早くから、ここのベンチ占領しといて正解だった」
「雪夜、ここはまだ少ないほうだぞ。メイン通りは今頃、人で埋まっているはずだ」
「出店の辺りは、毎年身動きとれなくなるからね。この場所で観る花火のほうが、ゆっくりできて俺は好きだよ」
「少し離れてるから、お腹に響く音もそこまで大きくなくてよかったです」
花火と花火のあいだ、夜空に響き渡る大きな音に声がかき消されてしまわぬように。俺たちは、タイミングを見計らってそれぞれが会話をするけれど。
「一瞬だから、キレイなんだろうね……あと何回、俺は優とこうして同じ景色を観ることができるのかな」
呟かれた光の声は、星まで届いていないようだが。俺が僅かに聴き取れたその言葉に、優が返答することはなかった。
打ち上がる花火の色が変わるたびに、星を照らす色も変わっていく。真っ黒な瞳に映る花火の光は、とてもキレイだと思った。
「……あ、オレこれ好きなんです。打ち上がって、キラキラってするやつ」
「確かに、すげぇーキレイだな」
興奮気味の星にそう言ってやり、繋いだ手をそっと離して俺は煙草を咥え火を点ける。夜空に咲く光の花を眺めながら、深く吸い込んだ煙を俺はゆっくりと吐き出した。
次々と光り輝いては、消えていく花火。
なんとなく視線を感じて星の方を見ると、好きだと言った花火を見ることなく、俺を見つめている星と目が合った。
「星、ちゃんと花火見てねぇーと終わっちまうぞ」
「それは、そうなんですけど……」
俺を見つめたまま、仔猫は口籠もる。
煙草を吸うために、一度離した手はもう繋いでいるし、見つめられるようなコトをした覚えはないのだが。
「どーした、星」
これと言った理由が浮かばずに、本人に確認を取ろうと俺が尋ねると。星は顔を背けながら、ボソッと小さく呟いて。
「あの……雪夜さんがカッコよすぎて、見惚れちゃうというか、なんというか」
……どんな可愛い理由で、人のこと見つめてくれてんだ。
「嬉しいコト、言ってくれんじゃねぇーか」
「雪夜さん、オレっ……」
星の頬が赤く染まるのは、花火の色のせいだけじゃなさそうだ。恥ずかしがりながらも、星はいつも俺に気持ちを伝えてくれるから。
「花火、終わる前に帰るか?」
「え、でも……」
でもと言いながら、繋いだ手から伝わるカラダの熱さも、潤み始める瞳も。言葉だけじゃ伝えきれない想いを感じたいと、星の表情はそう強請るようで。
「お前がイヤなら、無理にとは言わねぇーけど。光と優は勝手に帰るだろうし、浴衣も車も優に後で一言入れときゃ問題ねぇーし……どーする?」
ともだちにシェアしよう!