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第332話

「やっぱり、ついて行っちゃダメですか?」 「お前は、ちゃんと休んどけ。優ん家まで行って、浴衣返して車とってくるだけだから」 遅めの朝食を摂って、二人でシャワーを浴びて。優さんに連絡を入れた雪夜さんは、車を取りに行くために出掛ける支度を始めてしまう。 一緒について行きたかったけれど、オレのことを気遣ってくれる雪夜さんに、身体が辛いなら家で待ってろって念を押されてしまった。 部屋着の服を脱ぎ捨てて、オレみたいに迷うことなく着替えを済ませていく雪夜さん。ジーンズに黒のタンクトップ、その上から羽織られたグレーのパーカー。 なんだかとてもラフな格好なのに、雪夜さんが着ると素敵に見えるのはズルいと思う。何を着ても似合うんなんて……この人、本当にスタイルよすぎて困る。 オレはそんなことを思いながら、怠さが残る身体で、タオルケットを被りソファーに丸まっていた。 綺麗に畳まれた浴衣と帯、下駄と巾着、優さんに借りた全ての物を紙袋に詰め込んで。支度を終えた雪夜さんはソファーの端に腰掛けると、オレの頭を撫でてくれる。 「そんなに寂しい?」 オレは雪夜さんの問いに、コクリと小さく頷いた。 「明日まで泊まりの許可、出てんだろ?だったらそんな顔すんな、すぐ戻ってくるから」 「うん……」 帰ってくるのは週明けの月曜日でいいよって、朝スマホを確認したら兄ちゃんからLINEがきていて。明日まで雪夜さんと一緒にいれるんだって、思っていたんだけれど。 短い時間でも、一人で待っているのは寂しいから。オレは丸まっていた身体を起こして、ぎゅっと雪夜さんに抱きついた。 「星くん、ホント可愛い」 何が可愛いのかはよく分からないけれど、雪夜さんは抱きついたオレを見て優しく微笑んでくれる。 「星、もし暇だったらクローゼットん中に本とかあっから、適当にあさって時間潰しとけ」 「へ、勝手に見てもいいんですか?」 もう何度も雪夜さんの家にきているオレだけど、クローゼットの中をちゃんと見たことは一度もない。 「別に隠すような物ねぇーし、お前が見てもつまんねぇーもんしか入ってねぇーけどな。本当に、好きなように過ごしてくれて構わねぇーから」 雪夜さんはオレにそう言うと、煙草を咥えて火を点ける。雪夜さんが煙草を吸う姿は、やっぱりいつ見てもかっこいい。 ……煙草を吸ってなくても、充分かっこいいんだけど。 でも。 きっと、この一本を吸い終わったら雪夜さんは行ってしまう。少しずつ短くなっていく煙草と、部屋に漂うブルーベリーの甘い香り。 深く煙を吸い込んだ雪夜さんは、家を出る合図のように灰皿で煙草の火を消してしまった。 「行ってくっから、いい子で待ってろよ」 「んっ……」 オレの唇に軽くキスを落として。 家を出ていく雪夜さんの後ろ姿を、オレは一人で見送ったんだ。

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