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第334話
「星……せい、せーいくん」
なんでだろう。
夢の中なのに、雪夜さんの声がする。
とっても優しい甘い声で、オレを呼んでくれているけれど。
……あれ、もしかしたら、夢じゃないのかも。
そう思い、ぼんやりと目を開けたオレは、雪夜さんの帰りを待っているあいだに眠ってしまったみたいで。
「ただいま、星」
霞む視界には、優しく微笑む雪夜さんの姿があった。
「あ……ゆきぁ、しゃん」
雪夜さんって言いたかったのに、寝起きで掠れた声じゃ上手く発音できなくて。なんだかとっても恥ずかしくなって、タオルケットで顔を隠したオレに、雪夜さんはクスっと笑っておでこにキスをしてくれる。
「ちゃんと、いい子で待ってたみたいだな」
「ん、おかえりなさい」
よしよしとオレの頭を撫でた雪夜さんは、煙草を咥えてソファーに腰掛けた。オレの膝の上に広げられたままの雑誌を手に取り、雪夜さんは苦笑いしてオレを見る。
「お前、この雑誌読んでも、全然意味分かんねぇーだろ」
煙草の煙を吐きながら、オレにそう言って笑う雪夜さん。目を擦り頷いたオレは、素直な感想を口にする。
「うん、さっぱり分かんなかったです」
「海外リーグの雑誌だからな、分かんなくて当たり前だ。やっぱり、暇潰しにすらなんねぇーか」
「ううん、そんなことないです。オレね、サッカーまったく分かんないけど、雪夜さんが好きなのかなって思ったら興味が湧いてきて……でも、分からないことだらけで、真剣に読んでたつもりがいつの間にか寝ちゃってて……」
「昨日の疲れが残ってんだろ、お前連れて行かなくて正解だな。帰ってきて星が寝てたから、俺は安心した……いい子にしてた星くんにご褒美あっから、ちょっと待ってろ」
煙草の火を消して立ち上がった雪夜さんは、キッチンへと向かっていく。
ご褒美が何なのか、気になるところではあるけれど……でもそれよりも、オレには疑問がいっぱいあって。
「雪夜さん……FW、MF、DFとかって、なんの省略なんですか?GKは、ゴールキーパーですよね?」
雑誌を読んでいたときに、たくさん出てきた単語。雪夜さんが教えてくれるか、ちょっぴり不安に思いながらも、オレは思い切って雪夜さんに訊いてみる。
「ああ……フォワード、ミッドフィールダー、ディフェンダーな。サッカーってフィールドの中にいる十一人それぞれに役割があんだよ。フォワードは主に点取る役、ミッドフィールダーはフォワードとディフェンダーの繋ぎ役、そんでディフェンダーは守備する役……ゴールキーパーは、お前でも分かるな」
コーヒーとカフェオレを淹れながら、雪夜さんはオレの質問にちゃんと答えてくれて。オレの予想以上に穏やかに話してくれる雪夜さんを見つめて、オレはもっと雪夜さんの話を聞いていたいって思った。
やっぱり、雪夜さんはサッカーが好きなんだ。
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