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第336話
甘くほろ苦いキスのあと。
ソファーに押し倒されたオレの身体は、すんなりと雪夜さんを受け入れて。オレのことを気遣いながら、優しく抱いてくれた雪夜さんは、とっても甘く幸せな時間をオレに与えてくれた。
手をつけずにいたガトーショコラは、夕食後のデザートになってしまったけど、それでも充分美味しくて。
「雪夜さんは、食べないんですか?」
そう訊いたオレに、雪夜さんは笑って答えてくれる。
「俺はさっき、ケーキより甘くて美味いもん喰ったからいらねぇーよ。ご馳走様でした、星くん」
「あの、恥ずかしいコト言わないでください」
意地悪な顔をして笑っているのに、オレに触れる手はとても優しくて。雪夜さんに頭をくしゃりと撫でられたオレは、頬を染めながら幸せを噛みしめる。
「ご褒美、満足か?」
「うん、とっても」
ケーキも、雪夜さんの存在も。
オレにとってはすごく贅沢なご褒美だなって思うから。こんなふうに過ごせる時間が、オレにはきっと、なによりのご褒美なんだ。
「ホント、幸せそうな顔してんな」
「幸せですもん、ダメですか?」
「いや、ずっと見ていたいって思える」
カシャンと鳴った、ジッポの音。
煙草に火を点けた雪夜さんは、オレを見つめて微笑んでくれる。
……オレも、ずっと雪夜さんの傍にいたい。
1日は24時間、そんなことくらい分かっているけれど。どうして雪夜さんといる時間は、こんなにも早く過ぎっていってしまうんだろう。
甘く過ぎていくときを、どれだけ幸せに感じていても……明日になったらまた、離れる寂しさに襲われる。
帰りたくないし、一緒にいたい。
お願いだから、離さないでほしい。
でも。
それは口に出してはいけない、オレの自分勝手なわがままな気持ちだから。
ケーキを食べ終わったオレは、しっかり両手を合わせて感謝をする。
「ごちそうさまでした」
「ん、お粗末さんでした」
オレの声に合わせて、そう言ってくれた雪夜さんの肩に、オレはこてんと頭を乗せてみた。
「どーした、星」
言わなくても雪夜さんには、きっと伝わってしまう寂しい気持ち。それでも今はまだ、素直に寂しいとは言えなくて。
「たまに雪夜さんが、オレにこうするから……オレもやってみたいなって思って」
「安心できんだろ、ソレ」
「……うん」
触れていると安心する。
小さく頷いたオレの頭を軽く撫でて、煙草の火を消した雪夜さんは、空いた手でオレの手をそっと握ってくれた。
「星、我慢しなくていいから」
この人は、意地悪なクセにとっても優しい。
こんなとき、溢れてくる涙を察して、オレを包み込んでくれる。だからいつも、オレは泣いてしまうんだ。
「雪夜さん、好き」
ぐすんと鼻をすすりながら、出した声はおかしいけれど。伝えたい想いがぐちゃぐちゃになってしまう前に、どうしても好きだって言いたかった。
何度伝えても、足りないから。
……オレは、雪夜さんが大好きだよって。
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