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第337話
過ぎた時間を、取り戻すことなんてできない。
例えそれが、どれだけ幸せな時間だったとしても。
居心地のいい雪夜さんの部屋から自分の部屋へと帰ってきたオレは、夏祭りで雪夜さんにとってもらった二つのぬいぐるみを部屋に飾ることにしたんだけれど。
「それ、ユキちゃんがとってくれた景品?」
「うん、飾っておこうと思って」
ガチャっと部屋の扉を開けてオレの部屋に入ってきた兄ちゃんに、ぬいぐるみを取り上げられてしまった。
「兄ちゃん、返して」
「ちょっと待って、いいコト思いついたから。この二つのぬいぐるみなら、飾り方は一つしなないでしょ?」
「へ、そうなの?」
首を傾げたオレに兄ちゃんはクスリと笑って、ウサギさんの後ろからライオンさんのぬいぐるみを重ねるようにして置いてしまう。
……なんか、これって。
「ウサギはライオンに、襲われるものでしょ?後ろから、こうやってガブって……なんか、とってもえっちだね」
……えっちにしてるのは、兄ちゃんでしょ。
「もう、兄ちゃんっ!」
ケラケラと楽しそうに笑う兄ちゃんは、オレのことをからかって遊んでいる。なんとも性格の悪い、オレの兄ちゃん。
「ごめんごめん、でもユキちゃんも似たような遊びかたすると思うよ?あの男なら、動きまでつけてくれると思うけどねぇ」
「そんな遊び方しなくていいから、ちゃんと隣同士で飾ってあげてっ!」
「もう、しょうがないなぁ……それよりせい、なんかせいからユキちゃんの匂いがするんだけど。すごいね、やたらとセクシーになって帰ってきた感じする」
「だって、雪夜さんとずっと一緒にいたもん」
煙草の匂いが服についたのかもしれないし、家まで送ってもらう前にシャワーを浴びてきたから、雪夜さんと同じソープ類の香りを強く感じたのかもしれない。
原因はよく分からないけれど、オレは嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちになってしまうのに。顔を赤く染めたオレを見て、兄ちゃんはニヤリと笑った。
「その様子だと、たっぷりユキちゃんに可愛がってもらったみたいだね。せいの身体中、キスマだらけだったりするんじゃない?」
その通りなんだけど、そんなこと訊かないでほしい。恥ずかしくて俯いたオレが何も答えずにいると、兄ちゃんは図星だねって笑っていた。
なんで兄ちゃんは、すぐに気づいちゃうんだろう。兄ちゃんだって優さんと……って、オレは思いかけたけれど、口に出すのはやめておこうと思った。
今の兄ちゃんの機嫌を損ねるようなことを言ってしまったら、倍返しで返ってきそうだから。
妖しく揺れる兄ちゃんの瞳は、ちょっと怖い。
それに、いくら好きだからって身体を重ねる関係じゃないのかもしれないし……というより、兄ちゃんと優さんの関係に、オレが口を出すのはダメだから。
オレはこのとき、兄ちゃんと優さんの幸せだけを祈っておこうと心に決めんだ。
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