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第338話

【雪夜side】 一番会いたい人に会えなくて、一番会いたくないヤツに会わなきゃならない約束の日。 気が重いとはこんなときに使うんだろうと、走らせる車の中で、俺はそんなことを思っていた。 ランの店の前を通り過ぎて、星と行った小さな科学館を右に曲がって……こんなに何度も近くまで来ているのに、立寄ることのない場所へと向かう。 俺にツラを貸せと言ってきた、兄貴の元まで。 「やーちゃん、お帰り」 約束の時間に、実家の扉を開けた俺を待っていたのは、飛鳥と遊馬の二人だった。 「別に、来たくて帰ってきたワケじゃねぇーんだけど」 ただいまと言う気にすらなれないのは、帰ってきたい場所ではないから。しかも待っているのが兄貴二人なら尚更イヤになる。 「雪、車のキー貸せ」 俺のことより、車が大事なのは次男の遊馬。 三度の飯より車好きなこの男は、同じ兄弟でも俺や飛鳥とタイプが違う顔立ちをしている。ワイルドというか、無口というか……キレると厄介なのは、飛鳥よりも遊馬だ。 俺はそんな遊馬に、車の鍵を手渡した。 「車弄ってくるから、雪は鳥に遊んでもらえ」 「勝手にどーぞ、車バカ」 「バカはお前、次舐めた口きいたら殺す」 そう吐き捨て、さっさと俺の前からいなくなる遊馬。黒のタンクトップにツナギの袖を腰に巻いた格好ってことは、そのまま実家から近い仕事先まで行って作業するつもりなんだろう。 ……やっぱ、メンテすんのは馬か。  俺の読み通り、今日の遊馬は車さえ渡しておけば黙っててくれそうだが。問題は、俺と容姿がそっくりな飛鳥だ。俺を実家に呼びつけた、張本人のクソ兄貴。 「やーちゃん、俺とデートしよっか」 ニヤリと笑うその顔からは、威圧しか感じない。素直にイヤだと言えたなら、どれだけいいだろうと思う。はぁーっと重い溜息を吐き、俺は仕方なく口を開いた。 「構わねぇーけど、何処行くんだよ」 「教えてくださいお兄様って、言ってみろ」 「言うワケねぇーだろ、アホじゃねぇーの」 「殺すぞ、クソガキ」 俺と同じ、琥珀色の瞳に睨まれる。 大人しく家のガレージまでついていき、俺はキレイにコーティングされた兄貴の車に乗り込んだ。 「自家用車かよ、仕事用の車じゃねぇーのな」 「盆休みまで、仕事気分味わいたくねぇよ。俺はまーちゃんと違って仕事で車扱ってるだけだし、クソな親共は海外行ったきり帰ってこねぇし、散々だわ」 高校卒業後、実家の車屋を無理矢理継がされた兄貴二人。遊馬は元々車好きだからいいものの、飛鳥は嫌々親父の奴隷になったままだ。 俺にとってそんなことはどうでもいいが、気になることが一つある。それは、妹の華のこと……アイツに会ったら俺は今日、確実に自分の家へと帰ることができなくなるから。 「兄貴、華は?」 「なーちゃんなら、いねぇから安心しろ。アイツがいない時間にわざわざ呼び出してやったんだ、土下座でもして俺に感謝すんだな」 ……するワケねぇーだろ、このクソ兄貴。

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