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第341話
幼い頃の、将来の夢。
ソレを諦めてしまったのは、俺だ。
仕事で忙しい両親と、まだ俺より小さかった華、毎日のように夜中まで遊び呆ける兄貴二人。
けれど俺は、そんな家庭環境の中でもボールを蹴ることが好きで。今の俺からじゃ想像もつかないくらいの努力をして、やっと手に入れたプロの道への第一歩を俺は兄貴たちに奪われた。
小6のとき、U-12ナショナルトレセンのメンバーに俺は選抜されていた。その中に選出されていても、プロになれる人間なんてのは極僅かだ。だからこそ、夢のために頑張っていこうと思っていた矢先。
トレセン行きは辞退したと、親父から聞かされた。今の家の状況じゃ、お前の夢を支援してやれないと……どうせプロになんざなれねぇんだから、それよりお前はバカな兄貴たちの変わりに華の面倒みとけって。
たった一つ興味があったコトは、そんな家庭の事情でいとも簡単に俺の手から離れてしまった。けれど、それだけなら、まだ俺も夢を諦めることをしなかったと思う。
……ボールに触れるコトが、本当は今でも好きだから。
『さっさと諦めろ、そんな夢みたいな夢みんなよ』
中学に上がっても夢を諦めきれない俺に、兄貴たちはそう言って、酒や煙草、喧嘩の仕方……抱いた女の扱い方まで、自分たちがしていたコトの全てを俺に覚えさせて。
兄貴たちがまともな人間だったなら、華が産まれてこなければ……そう思うことで、俺は夢を追いかけるのを諦めた。
今考えれば、最終的に人のせいにして諦めた俺が悪いと思う。諦めを選択したのは、誰でもない俺だから。
けれど。
毎日のように華の面倒をみて、兄貴たちから馬鹿にされて、反抗すれば殴られて。夢すらみさせてもらえないんだと、ガキながらに俺は思うようになっていた。
どれだけ上手くなろうが、神様は俺に味方してくれない。気がついたら、すっかり夢を忘れて、ボールに触れるコトすらなくなった俺がいた。
ただなんとなく、毎日を生きていくだけ。
何にも興味を持つことがない、俺の出来上がりだ。
助手席から外の景色をボーッと眺めて、まるで映画の回想シーンのように思い出されていく俺の過去。
映画の主人公みたいに華やかな過去でもなけりゃ、逆に壮絶な過去でもない。他人に話せば兄貴たちが笑うように、きっとそんなことかと笑われて終わるんだろうけれど。
自分の夢に真っ直ぐで純粋な星にはまだ、こんな俺を知られたくはない。それでもやんちゃしてたってコトは、なんとなく気づかれている。
でもこれからは、アイツのために生きていくって決めたのに。なんで今更、こんな話を兄貴からされなきゃならないのだろう。
渡された名刺をポケットに突っ込んだまま、何も言わず外の景色を眺めている俺に、運転している兄貴はそっと呟いてくる。
「……お前の夢、壊しちまって悪かったな」
「それこそ今更だろ、このクソ兄貴」
悪いと思うのなら、俺の過去を返してほしい。
殴られるのを覚悟の上で、俺はクソと兄貴に吐き捨てた。
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