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第344話

俺のことを一番よく分かっているのは、きっと、目の前にいるこのオカマなんだろうけれど。 ……曝け出せる相手がオカマ野郎っつーのは、なんとも虚しいもんだ。 ランの店に初めて来店したのは、俺が13歳になった日の夜のこと。 飛鳥に連られてきた俺が、一番荒れていた頃だ。どうしてあのとき、ランは兄貴じゃなく俺に声を掛けたのだろう……どう考えてもイイ男なのは、俺より飛鳥だったハズなのに。 そんなことを思いつつ、咥えた煙草に火を点ければ、何も言わずにランはキレイな灰皿を差し出してくれる。 「ラン……なんで最初に会ったとき、飛鳥じゃなくて俺に声掛けた?」 「……そうねぇ、なんでかしら。そっくりな顔したイケメン二人だったけれど、雪夜のほうが構ってあげたい感じがしたのよ。実際、今も構ってあげてるのは貴方だから」 確かに。 鬱陶しいと思いながらも、ランが俺に構ってくれたおかげで、俺は今まで救われてきていると思う。家庭の事情も、壊された夢も、今まで選択した進路も、それこそ星のコトも、俺に答えを与えてくれたのは、いつだってランだったから。 だから俺は今もこうして、うるさいオカマ野郎の店にいるんだろう。 兄貴たちに教わった、酒も煙草も取り上げられるコトはなかったけれど。その代わり、腐った大人にだけはなるなと、ランは俺に、光たちと同じ高校の受験を勧めてくれた。 金の稼ぎ方を勉強しろと、強制的に働くことになったカフェも、今の大学への進学も、ランに言われて決めたことだ。 「夢がないなら勉強なさい、次の夢を見つけたときに後悔しないためにって……ランの言うコト聞いといて、俺は正解だったってワケか」 「逆に、不正解だったことがあるかしら?自慢じゃないけれど、貴方のことは誰よりも理解しいてるつもりよ」 「それはお前じゃなくて、これからは星に言ってもらう予定なんだけど」 「そう思うなら、さっさとその情けない顔をどうにかなさい。イイ男が台無しよ、そんな貴方も好きだけどね」 色々考え飲みすぎて、やっと眠気が襲ってきた今の俺に、ランの声は穏やかすぎる。カウンターに項垂れゆっくりと目を閉じた俺は、ランに小さく呟いて。 「お前は、俺のどこにそんな惚れてやがんだ」 情けない姿を曝しても、包み込まれるようなランの優しさに甘えてしまう俺がいる。 「さて、どこかしらね。情けなさも含めて、雪夜には魅力があるのよ。星ちゃんも、私と同じ……ううん、きっと私以上に、あの子は雪夜に惚れてるわ」 薄れていく意識の中で、思ったことは単純だ。 「ラン……俺、星が好き」 「知ってるわ……って、ちょっと、煙草の火くらい消してから寝なさい」 「ん、ラン……消しといて」 「仕方ない人ね。雪夜、貴方だって夢みていいのよ」 微かに聞こえてきた、ランの言葉。 その言葉を素直に受け入れられるほど、今の俺はもう子供じゃない。 不安や期待が交錯する思いを抱え、こんなふうに眠る日が来るのなら。大人になんてなりたくないと、初めて思った瞬間だった。

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