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第352話

少しの沈黙のあと、雪夜さんが話してくれたのは、バイトが増えるってことだけじゃなかった。どうして増やすことになったのか、その経緯を雪夜さんはオレに話してくれて。 お盆休みのあとから、オレが感じていた雪夜さんの違和感は、コーチの話をどうするか、ずっと考えていたからだったことが分かった。 それだけじゃない。 一度諦めてしまった夢のことも、雪夜さんは話してくれたんだ。サッカーが好きなのに、なんとなくボールに触れることを避けているように思えた理由も、オレは知ることができた。 わがままなオレの思いを察するように、雪夜さんが話してくれた過去の出来事と、これからのこと。 一通り話し終えた雪夜さんは、情けない男でごめんなって、オレに笑いかけ背を向けると煙草を咥えてしまう。 その背中に抱きついて、雪夜さんは情けなくなんてないって言いたくても、オレの口から出てくるのはしゃくり上げる声だけで。部屋に漂う大好きな香りも、今は鼻が詰まってよく分からなかった。 「なに泣いてんだ……普通は鼻で笑う話だろ、星くん?」 「だっ、て…」 雪夜さんは淡々と話してくれたけれど、オレはなんだか切なくてポロポロと涙が出てきてしまうんだ。 過去の苦しみは共有できないし、共感することもできない。でも、オレは雪夜さんが好きだから……今はまだ、こんなふうに抱きついて泣くことしかできないけれど、それでもオレは少しでも雪夜さんの支えになりたいって思う。 何も言わずにゆっくりと煙草を吸い終えたあと、雪夜さんはオレの涙で濡れたTシャツを脱ぎ捨てて、まだぐすんと鼻を啜るオレを抱きしめてくれる。 「雪夜さんは、情けなく……ないですっ、大人です……かっこいい、です」 やっと出てきた言葉は、なんとも子供っぽい感想で。そんなオレを見た雪夜さんは、困ったように笑って言った。 「大人じゃねぇーよ、かっこよくもねぇーしな。星より年上ってだけで、俺もまだガキ」 こんなにたくさんの思いを抱えて、悩んで、考えて、行動して……それなのにまだ子供だって、情けないって思える雪夜さんは、やっぱり大人だと思うんだ。 「オレ、雪夜さんのこと大好き」 色々と伝えたい思いはあるけれど、オレの口から出てくる言葉は単純で。 「……ったくお前は、情けねぇー俺でも受け入れんのな」 「だって、どんな雪夜さんでも、雪夜さんだもん」 情けないと思う雪夜さんも、オレをこうして抱きしめてくれる雪夜さんも。どんな雪夜さんでも、オレは雪夜さんが大好きだから。 きっとこの先、どんなことがあっても。 オレのこの想いだけは、変わらないと誓える……なんて、雪夜さん本人には恥ずかしくて言えないけれど。 そんなことを思っていたオレの鼻をきゅっと摘んで、雪夜さんはニヤリと笑う。 「すっげぇー嬉しいんだけどさ、泣いたあとの濡れた瞳で、そんな可愛いコト言わないでくんねぇーか」 「……へ?」 「今日はなにもしないでおくつもりだったんだけどなぁ、星くん?」

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