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第354話

「星、せーい、起きろ。家まで送っててやっから」 「んーっ……ねるぅ……」 雪夜さんが恋しい。 さっきまで、繋がっていたはずなのに。 オレはまだ、とても眠くて身体が重いから……とりあえず、寝ていたいのに。 まだオレの隣にいてくれる雪夜さんにモゾモゾと抱きつき、オレはまたすぐに夢の中へ戻ろうとするけれど。 「明日学校だろ?星くん、起きて」 「……やぁーだぁ」 こうなることは、分かっていたんだ。 だから帰れなくなるって思ったのに、正確には、帰りたくなくなる……だったみたい。 雪夜さんを強請って受け入れた身体は、まだ怠さが強く残っている。でも何よりも、オレは雪夜さんから離れたくないんだ。 「いい子にできたら、お前が好きなミルクチョコレートやっから起きろ」 とても穏やかな雪夜さんの声があまりにも心地よくて、オレはこのまま悪い子でいいや……なんて、思ってしまったれけど。 雪夜さんがよく行くらしい輸入食品が多いお店にしか、売っているのを見たことがないチョコレート。ベルギー産のミルクチョコレートは、オレのお気に入りだから。 チョコレートでつられるほど、オレは子供じゃないって言いたいところだけど……美味しいチョコレートは食べたくて、でも眠たくて、オレは雪夜さんの胸にすりすりと頬を寄せた。 「ん……起きるぅ、起きるからあと3分……」 「しょうがねぇーな、3分だけだぞ」 クスクス笑う声が聴こえて、温かさと幸せを感じながらオレは意識を手放した。 たった3分。 夢の世界から戻ってきたオレは、まだ眠たい頭でノロノロと帰り支度をし、雪夜さんから約束通りチョコレートを貰うことができた。 口の中で、ゆっくりと溶けていくチョコレートは、甘さよりもカカオの香りが強く鼻に抜けていく。そのあとから、ほのかにやってくるミルクの優しさが堪らなく美味しいんだ。 けれど、襲ってくる寂しさはチョコレートだけじゃ誤魔化せなかった。雪夜さんの匂いに包まれた車に乗ったオレは、すっかり暗くなった外の景色と雪夜さんをぼんやり眺めている。 うちに門限があるわけじゃないけれど、雪夜さんが家に連絡しとけって言わないとき、遅くても必ず21時までにはオレを家に送り届けてくれるから。 もっと一緒にいたいけれど、今日はもうお別れなんだなって思った。運転中の雪夜さんは面倒くさそうにハンドルを片手で握り、いつも通り煙草を咥えている。 助手席から見る雪夜さんの横顔が、オレは結構好き。頬に落ちる髪も好きだし、綺麗なフェイスラインも好き。 雪夜さんと一緒にいると、家まで着いてしまう時間がとても早く感じる。家の裏、公園の前で車駐めた雪夜さんは、なかなか車から降りようとしないオレを抱きしめてくれた。 「また、会える時間あったら連絡する」 「……うん、待ってます」 明日が来なきゃいいなんて、そうなふうに思ってしまうけれど。オレたちがどう足掻いたって、時の歩みは止められないんだ。

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