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第355話
【雪夜side】
星を送り届けて、自分の部屋へと帰ってきた俺は、途中で力尽きた作業を再開していた。
名刺の方、竜崎隼(りゅうざき じゅん)さんと俺がコンタクトを取ったのは数日前。
兄貴の知り合いだったらしい竜崎さんは、俺のことをすでに飛鳥から詳しく聞いていたらしく、俺が思っていたよりスムーズに会話をすることができた。
穏やかなそうな雰囲気の竜崎さんは、三十路前にして結構なお偉いさんだそうで。そんな竜崎さんに、俺は諦めた夢のこと、まだ俺に迷いしかないことをはっきりと伝えた。
それを理解した上で、竜崎さんから提案されたのはコーチとしてのバイトだ。少しでもこの仕事に興味があるのなら、アルバイトとして仕事内容を覗いてみないか、と。
俺はまだ学生だし、就職するとしても卒業後の話だからまだ時間はある……その時間を利用して、自分の夢と向き合うといい、なんて。
そんなふうに言われしまったら、断わる理由など、なに一つ浮かばなかった。
とりあえず、来月から週一でコーチのバイトをすることに決定はしたんだが。ざっとどんな感じか目を通しておいてと、竜崎さんから渡された資料は山のようにあり、俺は資料とパソコンを睨んでいる。
いくらサッカーが好きといっても、俺が自らプレーをするのと、コーチとして子供たちに教えるのでは違いがありすぎる。基礎のトレーニングは勿論だが、そのうち康介を呼び出して鈍った肉体を動かさなければ体力的にもキツイだろう。
ただ、それにはやや懸念がある。
あのクソうるさい康介に、コーチの話をするのはかなり面倒だ。面倒だが、ショップのバイトと掛け持ちするとなると、やはり康介には話しておく必要があるから。
……なんか、色々と面倒くせぇーな。
下がってくる眼鏡をかけ直し、目にかかる髪を結んで。少し休憩でもしようかと煙草を咥えた俺は、さっきまで星が部屋にいたことを思い出して頬が緩んだ。
今日は話をするだけで、アイツは明日も学校があるし、なにもしないでおくつもりでいたんだが……星があまりにも可愛いすぎて、カラダを繋げてしまった。
別に泣くような話ではなかったのに、俺に抱きついてきて、好きだと言ってくれたアイツが愛おしくて。今日もしっかり噛まれた鎖骨は痛むし、背中の爪痕もきっと増えているけれど。
俺の好きなことだから、そんな純粋な気持ちでサッカーのことを知りたいと言ってきたり、弘樹にポジションの話をしてみたり。腹が減ったと甘えたら、嫌な顔をせずに食事の用意をしてくれたり。俺の疲労感を見越して、起こさずに人の眼鏡をかけて遊んでいたり。
あげたらきりがないほどに、星は俺を想ってくれている。俺の情けない部分を晒しても、あの小さな仔猫は俺のすべてを包み込んで、受け入れてくれたから。ランの言う通り、怖がる必要なんてなかったのかもしれない。
二人でいたいから、離れたくないなんて。
帰り際、毎回のようにそう洩らす星のためにも……これで少しは前を向いて歩けそうだと、過去の自分から少しだけ開放された俺は、そんなことを思っていた。
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