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第365話
「ちょっ……もう、離れてください」
「イヤだ」
いつものように、雪夜さんと二人でキッチンに立つのはいいんだけれど。ここは優さんのお家で、兄ちゃんも優さんも同じ部屋にいるんだ。
それなのに、雪夜さんはそんなことお構いなしで。雪夜さんの家で料理するときみたいに、雪夜さんはキッチンに立つオレを後から抱きしめてくる。
「星くん、今日の実習ってケーキとか甘いもん作った?」
そう尋ねられ、オレは今日の実習を振り返る。今日は西洋料理の実習で、イタリアンプリンを焼いたけれど。
「今日はね、プリン作りました。雪夜さん、なんで分かるんですか?」
どうして分かったんだろうって、不思議に思ったオレは雪夜さんにそう訊き返した。
「お前の髪から、バニラビーンズの匂いする。すげぇー美味そうだから、喰ってもイイ?」
「はぁ?アンタ何言って……」
ここ、どこだか分かってますか。
自分の家じゃないんですよって、そう言うつもりで振り返ったオレの耳を、雪夜さんは軽く甘噛みして。
「んっ…ちょ、だめです」
「可愛い」
ぴくんと小さく反応してしまったオレに、囁きかける雪夜さんの声は蕩けてしまいそうなくらい甘かった。思わずぎゅっと目を閉じたオレは、恥ずかしくて身を縮める。
初めてお邪魔した優さんのお家は、雪夜さんの家より広くてキッチンも対面式。リビングのソファーで寛ぐ優さんと兄ちゃんは、オレと雪夜さんのことなんか気にしてないように思えたけれど。
「……もっとして、雪夜さん?」
そう言ったのは、オレじゃない。
聞こえてくるのは笑い混じりの兄ちゃんの声で、やっぱり見られていたんだとオレは羞恥で顔を赤く染め俯いた。
「光、邪魔すんな。お前は優にしてもらえ」
「イチャつくのもいいけど、俺お腹空いてるんだよね。夕飯は二人に任せてるんだから、ちゃんと作ってくんなきゃダメだよ?」
「お前らが料理できねぇーだけだろ、いいキッチンあんのに使わねぇーともったいねぇーぞ」
「米は炊く、味噌汁も作る。それだけで充分だ」
「優のおにぎり美味しいよ?塩むすび好きじゃないけど、優のなら食べられる」
オレが俯いてる間にも、どんどん会話は進んでいく。くしゃりとオレの頭を撫でた雪夜さんは、イチャつきモードから料理するときの真剣な表情へと変わっていた。
「星くん、冷蔵庫ん中からトマトとチーズ出して」
さっと手を洗い、包丁を手にした雪夜さんにオレは言われた食材を手渡していく。
「ん、サンキュー」
均等の大きさにスライスされていく、トマトとモッツァレラチーズ。真っ白なお皿の上、綺麗に盛られた食材に、オリーブオイルと合わせた調味料がかけられた。
……あ、これカプレーゼだ。
彩りとして飾られたバジルの葉は、香りも良く食欲をそそられる。あっという間に一品作ってしまった雪夜さんは、兄ちゃん達がいるテーブルにお皿を持っていった。
「おらよ、お前らはとりあえずこれでも食って酒飲んどけ」
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