368 / 545

第368話

「光がいねぇーうちに、俺たちそろそろ帰るわ」 美味しい料理を食べて、楽しく四人でお喋りして。時計の針が22時を示す頃、雪夜さんはそう言ってオレの手を取った。 「雪夜も、星君も、王子様の我儘に付き合ってくれてありがとう。家でこんなに美味しい料理を堪能出来たのは、久しぶりだ」 「そう言っていただけて、オレも嬉しいです。優さん、ありがとうございました……あとその、兄ちゃんをよろしくお願いします」 優さんのお家なのに、好き勝手していた兄ちゃんは、今はお風呂に入っていて。兄ちゃんはこのまま、今日は優さんの家に泊まっていくらしいから。深々と頭を下げたオレに、優さんはこちらこそと微笑んでくれる。 「星君は、本当にいい子だな。光も少しは素直になれたら……いや、今日は珍しく素直だったほうか」 「素直じゃねぇー王子も愛してんだろ、あんなわがままに毎回付き合えるヤツなんて、お前しかいねぇーよ、優」 お互いに微笑む雪夜さんと優さんを見て、もしここに兄ちゃんがいたら、こんな会話を聞けることはないんだろうなってオレは思っていた。 「……雪夜、これ光から。風呂に入る前、雪夜に渡しといてくれって頼まれた……と言っても、これは俺のだが。使うかどうかは、お前の好きにしてくれ」 「星、お前先に車行ってろ」 優さんに手渡された何かを、雪夜さんは羽織っているパーカーのポケットにしまうと、オレに車の鍵を差し出してくる。 「えっと、分かりました」 優さんから何を受け取ったのかちょっぴり気になったけれど、とりあえずオレは差し出された鍵を受け取り、言われた通り車まで向かうことにして。 「優さん、ありがとうございました。オレ、お先に失礼しますね」 「ああ、またな」 優さんに、もう一度しっかりとお礼を告げ、オレは一人で雪夜さんの車を目指して進んでいく。優さんのお家に来たのは今日が初めてだったけれど、お客さま用の駐車スペースの場所は分かりやすくて助かった。 静かな住宅街では、車の鍵を開けるセンサーの音まで響いて聞こえて。助手席に乗り込んだオレのあと、雪夜さんが運転席に乗り込むまでに時間はそんなに掛からなかった。 走り出した車の中。 行きに乗っていたときよりも、シンとした車内にはオレと雪夜さんの声だけしか聞こえない。 「今日は王子様の機嫌も良かったな、呼び出されたときは鬱陶しかったけど……星は、楽しかった?」 「うん、とっても楽しかったです。でも、あの……雪夜さん、優さんに何もらったんですか?」 「星くん、知りてぇーの?」 こくこくと頷くオレを、チラリと見た雪夜さんの口角がニヤリと上がる。なんだか意地悪な笑い方と、甘い瞳にドキっとした。 「んじゃ、ちょっとイイとこ寄ってから帰るか」 「イイとこって、どこですか?」 「それはナイショ」 雪夜さんにそう言われ、目的地であろう場所に辿り着いたとき。オレは一人で緊張することになるなんて、このときはまだ知らなかったんだ。

ともだちにシェアしよう!