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第377話

消えかかっている下手くそなキスマは、ラブホにいたときに星が必死でつけた痕だ。噛むだけじゃなくて、オレもキスマークつけてみたいって、可愛い星くんが俺につけた初めてのキスマーク。 唇で上手く肌を吸い上げることができず、切り傷のように細く残る痕。ソレに触れてニヤリと笑う飛鳥の手に、もう火の点いた煙草はない。 店内で殴り合いをするわけにもいかず、俺は大人しく兄貴の言いつけに従った。無理矢理言わされた二度目の感謝の言葉は、嫌悪感しかなかったが。俺のカラダを傷つけても笑って許されるのは、星だけだ。 俺が兄貴にさせられた一連の流れを、煙草抜きで女がされたら確実に惚れるんだろうと思う。どれだけのヤツが、このクソ兄貴に抱かれているコトやら。 「お前に、こんな痕残していい相手がいるとはな。バイト来月からだろ?やーちゃんが忙しくなる前に、顔見に来といて正解だった」 この兄貴がわざわざ感謝の言葉を聞くためだけに、仕事を終えたあとで俺を呼び出したとは考えにくい。いつまで人に触ってやがんだと思いつつ、俺は兄貴を睨むしかなかった。 「……すっげぇヘタクソについてんのが妬けるわ、コレ」 「は?」 ……このクソ兄貴、今なんつったんだ? 「お前に痕つけたソイツに妬けんだよ、やーちゃんは俺のもんなのに……お前ソイツのこと、相当可愛いがってんだろ。ようやく見つけた心許せる相手が処女って、最高じゃん」 キスマ一つで、そんなことまで見抜くヤツが何処にいんだよ……ってか、妬けるって意味分かんねぇーし、俺は兄貴のモノじゃねぇーっつーの。 色々と言いたいことを全て呑み込み、俺は代わりにただ一言を兄貴に返す。 「変態」 俺に触れる兄貴の手を払い除け、煙草を咥えた俺は、羽織っていたジャケットからジッポ取り出し火を点けた。吸い込んだ煙はほのかに甘く、俺の心を落ち着かせてくれる。 そんな俺の態度に、苦笑いをして。 片腕で頬杖をついた飛鳥は、煙草の箱の上に重ねられた俺のジッポを手に取った。 「やーちゃん、まだ俺のジッポ使ってんの?」 「ああ、この重さが丁度いいから」 ……ちゃんと手入れしねぇーと、すぐ黒ずんでくけど。 兄貴はその手入れが面倒くせぇーからって、まだ数回しか使っていなかったかなり高いジッポを、俺の大学の入学祝いとして譲ってくれた。 「お前は、俺のお古が好きだねぇ」 別に、お古が好きなワケじゃない。 兄貴が使うものは質がいいし、それを兄貴がくれるから俺が貰うってだけで。 ……断るとうるせぇーし、殴られるの分かってっから貰わざるを得なくなんだよ、バーカ。 「お古っつっても、車とジッポだけじゃねぇーか」 実際に兄貴から貰って、今でも使っている物はその二つくらいしか思い当たらない。でも何故か、妖しげに笑う兄貴の表情を見て、嫌な予感がした。 「それともう一つな、変態ついでに教えてやるよ。お前の初めて奪った女も俺のお古だ、やーちゃん」 このアホウドリは、一体ナニをほざいてやがんだ。

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