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第378話
「茉央。アイツには仕込むだけ仕込んどいたから、ご丁寧なセックスの仕方……教えてくれたろ?」
……誰だ、それ。
「抱いた女の名前なんて、いちいち覚えてねぇーよ」
名を言われても、俺が分かるわけがない。
しかしながら、その女が俺の初めてを奪った相手だってコトを、何故この兄貴が把握しているのかが疑問だ。
……というより、お古ってどういう意味だよ。
「お前なぁ、最初に抱いた女の名前くらい覚えてといてやれよ。愛がなくてもセックスはできる……言われなかったか?あれは、俺が良くアイツに言ってやってた言葉だ」
「……マジ、か」
名前は全く覚えてないが、その言葉だけは今でも記憶にある。セックスなんてそんなもんかと、星と出逢う前までの俺に、ずっとそう思わせていた言葉。
「茉央からお前に声掛けたって、俺は聞いてるから。弟君は、飛鳥よりイイ男になるって言われたわ」
ウソであってほしいと願うが、おそらく全て事実なんだろう。ここまでくだらないウソをつくほど、この兄貴はバカじゃない。
「そんなトコまで兄貴と兄弟とか、最悪」
「茉央は当時、俺の中でナンバーワンだったから。まぁ、それを一から仕込んだのは俺だけど……だからつまり、やーちゃんのセックスの指導者は俺ってコトだ」
「絶倫クソ兄貴」
「その弟はお前だよ、やーちゃん?」
「馬もいんだろーが」
兄妹は、俺だけじゃない。
次男の遊馬は俺より飛鳥の近くにいるのだから、構うなら俺じゃなく馬で遊べばいいと思うのだが。
「まーちゃんは自由人のクセして、隙がねぇからつまんねぇんだよ。アイツ車にしか興味ねぇし、それに比べてやーちゃんは俺そっくりだからな。気の抜けた俺って感じで、可愛げあんだよ」
「そんな可愛げいらねぇーわ」
好き好んで、弟にしてくれと頼んだワケじゃない。勝手に作られ、勝手にこの兄貴たちの弟として産まれてきたに過ぎないだけだ。
俺の過去を荒らすだけ荒らし、それでも隣で笑う飛鳥。前回会ったときは少しだけ見直したけれど、それは白紙に戻そうと決めて。知りたくもない事実を知り、俺は深い溜め息を煙と共に吐き出した。
「まぁ、惚れた相手大事にしてやれよ……俺にはできねぇけどな、女なんて抱けりゃ誰でもいいし」
カウンターの上に置かれた黒のパッケージにインディアンのマークがある煙草は、昔から変わることのない兄貴の愛用品。浮気性のこの男が銘柄を変えないのなら、光の言っていることはやはりただの迷信だと思った。
「俺は兄貴みてぇーにはなんねぇーよ、抱きてぇー相手は常に一人だ。愛がないセックスは、もういらない」
「あらー、やーちゃんがカッコイイコト言ってる」
「思ってねぇーコト吐かすんじゃねぇーよ」
隣でゆっくりと煙草を吸う兄貴にそう言ってやると、兄貴は意地悪な顔をして俺に笑いかけた。
「せっかくココにいんだし、ちょっと遊んでくか……付き合え、やーちゃん。イイ男がダーツのひとつできねぇなんて言わねぇだろ?」
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