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第381話

飛鳥との賭けを終えて、どっと溜まった疲れを残したまま、次の日の講義中に虚ろな目をしてボーッとしていた俺は、隣にいた康介に小さな声で話しかけられた。 「……白石、お前大丈夫か?」 「大丈夫に、見えるか?」 「見えねぇから訊いたんじゃん、仔猫ちゃんと何かあった?」 ヒソヒソと、俺に喋りかけてくる康介。 こんなバカでも一応、教授には気を遣うらしい。講義中に居眠りしているヤツらも多いなか、俺は持っていたペンを回しながら康介の問に答えた。 「いや、兄貴と会ってダーツしただけ」 「それだけで、そうも怠くなるもんなのかよ?」 あのあと。 もう1ゲームを一人で投げて遊んでいた兄貴は、俺との力の差を見せつけるようにハイスコアを叩き出した。初めから飛鳥が手を抜いて投げていたことに気付かされた俺は、兄貴に勝った気がしないままだ。 「カウントアップで、1320だぜ?1440が得点のMAXだろ……アホじゃねぇーのか、あのクソ兄貴」 「白石、言ってる意味がまったく分かんねぇ」 「あのクソ野郎、ダーツでプロにでもなれんじゃねぇーの」 「だから、何の話だよっ!?」 思ったことを口にしていただけの俺と、話の意味が分かっていない康介。仕方なく昨日起きた兄貴との出来事を、俺は康介に大まかだが説明してやった。 「お前の兄貴は、なんなんだ?」 「分かんねぇーよ、そんなもん」 俺をからかうだけからかって遊んで、そうかと思えばいきなり優しく微笑む飛鳥。あの兄貴は、本当によく分からない……けれど、以前よりかは確実に、飛鳥との距離は縮んでいる気がする。 「兄貴もすげぇけど、お前のスコアも相変わらずおかしい。どうしたらそんなに命中させれんだよ……俺なんて、500いかねぇのに」 「狙って投げりゃ、それなり飛んでく」 「でもさ、そんな賭けふっかけといて最初から手を抜いてくれてたワケだろ?それってなんつーか、お前のためだったんじゃねぇの?」 取らなきゃいけないノートはまっさらなままだが、康介は何故か真剣に俺の話に応え始める。 「俺は白石の兄貴じゃねぇからよく分かんねぇけど、本当のライバルが現れたときの予行練習……的な?」 「なんだ、それ」 「仔猫ちゃん大切にしろよって、兄貴からのメッセージだったのかもしんねぇじゃん」 ……そんな捉え方もある、のか。 過去に縛られ、今までは兄貴に嫌悪感しか抱けなかった俺とは違い、何も知らない康介は飛鳥をいい兄貴として捉えているんだろう。 「言われなくても、大切にしてるっつーの」 「それな。実際のところはどうなのか知らねぇけど、白石が仔猫ちゃん大切にしてるのは俺でも分かる」 「……はぁ、だっりぃ」 大きく漏れた溜息は、余計に怠さを増大させる。お経のような教授の話を聞き、睡魔に襲われそうになりがらも、俺は回していたペンを持ち直した。

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