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第388話
のんびりとした休日。
昨日の夜は、その……オレが雪夜さんを独り占めしてしまったから。今日は1日、ほんのり甘い香りがする部屋の中で、オレは静かな時間を過ごしている。
「星くん、何勉強してんの?」
「食品衛生と、栄養学です。もう終わりますけど、雪夜さんはどうですか?」
「わりぃー、俺はまだ掛かりそう」
テーブルで勉強するのはオレで、ソファーに座って膝の上のノートパソコンを見つめているのは雪夜さん。お互いに別々のことをしていても、一緒の空間にいられるだけで安心できる。そんなゆっくりとした、夕暮れ時。
自分のやることが終わって、チラリと雪夜さんが見つめる先に視線を移すと、そこにはたくさんの知らない用語が並んでいた。
「雪夜さん、輪舞曲ってなんですか?」
オレが不思議に思った単語の意味を尋ねると、雪夜さんはパソコンを覗き込んだオレの頭をくしゃりと撫でてくれる。
その手がとても温かくて、すごく些細なことだけれど、それでもオレは幸せだって強く思ったんだ。
「数人でやるサッカーの練習方、基礎の動きを身に付けるためのトレーニングな。サークル……あーんと、決められた大きさの円の中で繰り返しボール回すから、ロンドって言われてんの」
雪夜さんは説明しながら、実際にその練習をしている人たちのサンプル動画をオレに見せてくれた。
「すごい、こんな練習の仕方があるんですね」
「コレを小学生にどうやらせるかが悩みどころでさ、ロンドってただボール回すだけじゃなくて、色んなルールがあんだけど。低学年のチビたちでも楽しくできて、基礎が身に付くようにしてやりてぇーなと思って」
そう言って微笑む雪夜さんは、とても楽しそうな表情をしている。今月に入って雪夜さんが始めた、サッカースクールコーチのアルバイト。週一だって言っていたけれど、雪夜さんは前より忙しそうで……一緒にいる間も、パソコンを見つめる時間が増えてきている。
でもそれ以上に、雪夜さんが無邪気な笑顔を見せてくれるようになったことが、オレはすっごく嬉しくて。
好きなことを仕事にしたい。
オレも雪夜さんもお互い思いは違えど、それぞれ掴みたい夢があるから。
「雪夜さん、大好き」
抱きつくように雪夜さんの腰に腕を回したオレは、眼鏡姿の雪夜さんを見上げて微笑んだ。
「どったの、星くん。すげぇー可愛いけど、今の話でそんなふうに感じる内容あったか?」
「だって、雪夜さんすっごく楽しそうだから。こんな素敵な雪夜さんの表情が見れるのって、幸せだなぁと思って」
「俺も、幸せを感じてくれるお前がいて幸せだ」
ふんわり香るブルーベリーの匂い。
唇に落とされたキスは甘く、見つめ合う瞳に互いの姿が映り込む。動物のスキンシップのように、鼻をこすり合わせて。お互いに微笑み合うと、オレと雪夜さんは幸せな今を噛みしめた。
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