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第391話
「ねぇねぇ、白石コーチ、白石コーチっ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、俺に近寄ってくるガキンチョども。コーチのバイトで俺が担当している、小学校低学年のおチビさんたちは元気いっぱいだ。
学校が終わり塾のような感覚で、サッカースクールに通う子供たち。低学年クラスの練習時間は16時から18時、アップとクールダウンを合わせて2時間程度。
練習が始まる1時間前に事務所へ入り、その日の練習メニューを竜崎さんや他のコーチの方と確認して。練習場所のフットサルコートまで行き、子供たちの指導をして……その後は保護者からの相談や事務作業に追われ、家に着くのは23時過ぎ。
大学の講義が昼で終わる平日の水曜日、週1で始めたコーチのバイトは今日で3回目。ただ単にコーチと言っても、指導している時間以上に雑務が多いこの仕事。
バイトとは名ばかりで、他のコーチと同じように週1でもガッツリ仕事させられてる俺は、とりあえず今の環境に慣れるために結構必死なんだけれど。
この元気なおチビさんたちに、俺の都合は関係ない。何事もなく練習が終わり、早く帰ってくれればいいものの。俺を囲んで騒ぐおチビさん達は、なかなかコートから出ようとしなかった。
「白石コーチ、アラウンドザワールドやって!リフティング中に足でボール跨ぐやつ!」
「それ終わったら、股抜き教えてよっ!」
「白石コーチって彼女いんのー?」
「白石コーチがまだ大学生ってホント?うちのママは、白石コーチが学生だなんてウソだって言ってたよ?」
……あー、もう。すっげぇーうるせぇー。
今日も、おチビさんたちの脳内はパラダイスだ。ありがたいことに、たった数回の練習でこんなに懐いてくれたのは嬉しい限りだが。次から次へと集まってくるガキンチョどもの処理が出来るほど、俺はまだこの仕事に慣れてない。
「白石コーチは、まだ学生さんで間違いないですよ。彼女のことは僕も気になりますが、プライベートは覗いちゃダメですね。それと、股抜きは来週のレッスンで少しやってみましょうか」
『はーいっ!!』
おチビさんたちそれぞれの話に応えてくれたのは、俺ではなく竜崎さんだった。耳を塞ぎたくなるくらいの大きな声で、竜崎さんの言葉に返事をする子供たち。
「さて、白石コーチ……せっかくですから、アラウンドザワールドのお手本を見せてあげてください。皆さん、今日は白石コーチのリフティング技を見て帰りましょうねー」
「やったぁーっ!」
「チャンスは1回だけだからねっ!!」
「コーチ、失敗すんなよっ!」
「失敗したらジュース奢って!」
……おいおい、ガキチョども。お前ら何様だよ。
そう心の中で呟いた俺に向けられる、竜崎さんの笑顔が怖い。
竜崎さんから渡されたボールを受け取り、俺は仕方なくおチビさんたちの前でリフティングの技を披露するしかなかった。
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