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第403話
繋がれた手が離されたのは、ファミレスを出る少し前のこと。それから、優さんに会いに行くといきなり言い出した兄ちゃんを駅で降ろして、弘樹を家まで送り届けて。
オレと雪夜さんが二人きりになれたのは、家の裏、公園の前に着いたときだった。
停めた車の中で、香る匂いと揺らぐ紫煙。
軽く腕を引かれ、体勢が崩れたオレは、雪夜さんの胸に倒れ込む。安心できる大好きな香りに包まれて、囁く雪夜さんの声に甘さが増した気がした。
「ずっと、こうしてやりたかった。せっかく会いに来たってのに、お前ちっとも俺に甘えてこねぇーし」
オレが雪夜さんを独り占めしたくて、学園祭には来ちゃダメだって言ったから。本来なら、今日は雪夜さんには会えない日だったのに。兄ちゃんからのサプライズで、オレは雪夜さんに会えたんだ。
「オレも、本当はずっとこうしてほしかったです……でも、今日は弘樹がいたから。それに、みんなが食事する場所で、堂々と甘えることなんてできないじゃないですか」
本当は、もっと甘えたかったけれど。
そうできなかった理由を話すオレは、雪夜さんの胸に顔を埋めて頬を緩めてしまうんだ。
「オレ、今なら甘えられます。やっと雪夜さんに抱きしめてもらえて、とっても嬉しいから」
ボソボソと小さな声で話すオレと、左手に煙草を持ったまま、自由な右手でオレの頭を優しく撫でてくれる雪夜さん。
ファミレスで繋いでいた手よりも、温かな雪夜さんの腕の中。煙草を咥える気配がして、雪夜さんを見上げたオレは、甘く揺れる淡い色の瞳にくぎづけになった。
「……んじゃ、今なら好きなだけ触れても問題ねぇーな」
「えっ…ぁ、ん…」
そう囁かれ、塞がれた唇。
オレの頭を撫でていたはずの雪夜さんの右手は、後頭部へと回されていき、ゆっくりと奪われ深くなるキスから、逃げることを許してはくれない。
「ふぁ…っ、ゆき…ぁ」
交わる吐息に、声が漏れてしまう。
甘く溶かされていくような感覚を、知らないうちに身体はちゃんと覚えているから。
オレは雪夜さんが羽織っている薄手のカーディガンの襟をきゅっと握って、力が抜けそうになる身体を必死で支えようとしていた。
「星、好き」
チュッと音を立て離された唇は、優しい愛の言葉を告げてくれる。いつの間にか消えていた煙草の火、空いた雪夜さんの左手はオレの耳に触れて、輪郭をなぞり始めてしまう。
「オレも…んっ、だめぇ」
「ダメじゃねぇー、俺だけの星……見せて」
兄ちゃんや弘樹と話しているときとは違う、甘くて艶っぽい雪夜さんの声。雪夜さんに触れられ囁かれる度に、ドキドキとうるさいオレの心臓の音は大きくなるばかりで。
「でもっ…ぁ、オレ…」
ここがもし、雪夜さんの部屋なら。
オレはきっと、このまま雪夜さんにほしいと強請ってしまうんだろうけれど。車の中でも外なのは変わらなくて、家にも帰らなきゃならない今、オレはこれ以上、雪夜さんを感じちゃいけない気がしたんだ。
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