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第410話
「雪夜と二人だと、虚しく感じるのは俺だけか?」
「仕方ねぇーだろ、お前の王子はゼミのヤツらと飲み会行ってていねぇーんだから」
光を大学に送り届けたあと、時間を持て余していた執事から俺のところに連絡がきたのは数時間前のこと。バイトを終えて家に帰る前に呼び出された俺は、優の誘いを受けて駅前の和食ダイニングに来ている。
「ゼミが終わったら、迎えに来いと言われているんだよ。ただ、この時間まで待たせるとは……さすが、俺の王子様」
「そんな王子の帰りを大人しく待ってるお前も、相当イかれた執事なんじゃねぇーの」
光が、大学内に姿を見せたのは昼。
それから今まで9時間程度を優はただ光を迎えに行くためだけに、時間を潰しているらしい。
「光が俺を求めるなら、何でも応えてやるさ。イかれていようと、それが王子様の望みならばな」
「どんな愛し方だよ、ソレ」
海老の天ぷらと刺身の盛り合わせが並ぶテーブルに、置かれたドリンクはウーロン茶。メニューにある日本酒が恋しいが、互いに運転しなきゃならない身ではアルコールを摂取することは許されない。
ほろ酔いすることもできずに、淡々と話す俺と優。ここに光がいたなら確実に騒がしくなるのだが、落ち着き放つ優と二人ではさすがに静かすぎる。
ただ、それも悪くないと思えるのは、昼間の一件があったからこそなのかもしれない。
「雪夜は、星君とどうなんだ。右手の傷、ソレは人間の歯型だろう。性欲の塊は、噛まれて悦ぶ癖があるのか?」
さっきからやたらと俺の手に優の視線が向いていることには気づいていたが、俺にそんな癖はない。
バイトで着用したアンダーをそのまま着込んできたからか、喉の痕に触れられていないだけマシだと思うことにして。
「お前な、もっと言い方ってもんがあんだろ。それに俺たちそんな頻繁に会えてねぇーし、ヤってもねぇーから。噛むのは星くんの愛情表現、癖っつーよりスキンシップみたいなもん」
そう言った俺に、優は小さく息を吐いた。
「兄弟は、やはり似て非なるものだな。うちの王子様は、そんな可愛らしい愛情表現をすることがない」
噛むコトを可愛らしいと捉えられる優は、一体あの悪魔からどんな愛情表現をされているのだろうか。俺から見れば、光が愛情を向けている相手は、優よりも星なのではと思ってしまうのだが。
「お前さ、それで愛されてるって感じんの?」
俺と星との付き合い方とは、また違う光と優の関係。素朴な疑問を投げ掛けた俺に、優は怪しげな笑みを浮かべ俺の問いに答えていく。
「そうだな……今の雪夜の言葉で、俺は光から愛されているのだと思うことは可能だ。王子でも悪魔でも、それこそ兄でもない光の姿は、俺しか知らないからな」
すっと上げた眼鏡の奥で、和らぐ優の瞳。
この男が、ただの執事じゃないことを感じさせられる。俺の前で男らしい顔をして笑う優は、執事である前に、光の最愛の人なんだろうと思った。
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