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第478話

「……ぅ、痛いっ」 甘噛みじゃなく、噛まれた場所はオレのお気に入り。鎖骨を噛まれるのってこんなに痛かったんだと、身をもって体験したオレはぎゅっと目を瞑り、雪夜さんの髪を掴んで痛みに耐えていた。 「噛まれんの、想像以上にいてぇーだろ?」 そんなオレの頬を撫でて、優しさいっぱいで微笑んでくれた雪夜さんは、そう言って目を細めて笑う。 「うん、とっても痛かったです」 「まぁ、お前が噛んでって強請ったからな。これでも、遠慮したんだけど……鎖骨噛まれんのは、いてぇーに決まってんだろ」 片腕をベッドにつき、雪夜さんはオレを抱き寄せてくれる。そんな仕草も大好きで、オレは雪夜さんの胸に顔を埋めた。 「だって、噛むときは一番気持ちいい場所なんですもん」 噛み心地の良い雪夜さんの鎖骨は、何度噛んだって気持ちいいから。オレが甘えるように呟くと、雪夜さんはこう言ったんだ。 「上手いコト、骨んとこに歯がくい込む感じが好きなんだろ。確かに噛み心地はいいかもしんねぇーけど、俺は噛むより噛まれる方がいい」 オレにつけられた雪夜さんの歯型は、とても愛おしく感じる。まだ少しだけ、じんじんとする痛みがあるけれど。やっぱり、オレは噛まれるより噛む方がいいなって……少しでも思ってしまったオレは、性格が悪いのかもしれない。 でも、雪夜さんに噛み癖はないみたいで。 噛まれる方がいいって笑った雪夜さんの指に、今度はオレが噛みついてみる。 雪夜さんから差し出された右手、第二関節で曲げられた人差し指。この状態でオレの前にあるということは、好きなように噛んでいいよって雪夜さんからの合図だから。 「……いひゃい?」 一気にぐっと噛むんじゃなくて、雪夜さんの表情を見ながらゆっくり力を入れていき、少しだけ痛みに顔を歪めた雪夜さんは、噛まれた指に力を込める。 この瞬間、噛み応えが変わるんだ。 きゅっと張った皮膚に突き刺さる歯の感覚は、オレの心を満たしていく。 「ん、ソレいてぇー」 痛いと言いつつも、雪夜さんに噛みついてるオレの頬を撫でる雪夜さんの手つきはとても優しくて。傷つけたいわけじゃないのに、オレは結果的に傷をつけてその痕を残し満足してしまうんだ。 雪夜さんだから噛みたいと思うし、オレがつけた痕だから意味があるんだって勝手に思っていたりするけれど。オレの髪を撫で満足そうに微笑んでくれる雪夜さんを見て、雪夜さんも同じ気持ちなんだなって思ったオレは、ゆっくりと口をはなした。 「こりゃ、明日痣になるな」 人差し指の第二関節を囲うようについた、オレの歯型。いっそのこと、この痕が消えずに指輪の代わりにでもなってくれれば……そしたら少しは不特定多数の人たちにも、雪夜さんはオレのだって証明できるのに。 「ずっと、消えなきゃいいのになぁ」 そう小さく呟いたオレの声は、雪夜さんの胸にしっかりと受け止められていた。

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