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第479話
雪夜さんに噛まれた、右側の鎖骨。
制服のボタンを開けたまま鏡を覗きこんだオレは、その小さな紫色の歯型と淡く散らばる赤い痕を隠すためにシャツやジャケットを着込んでいく。
お気に入りのコートを着て、雪夜さんからプレゼントされたマフラーを身につけて。冬の寒さにも負けないくらい暖かな気持ちで家を出たオレは、お正月と三連休から幸せなお休みモードが続いていたけれど。
「青月くん、おはよっ!」
「おはよう、西野君」
通常通り始まっている学校生活は、色々と複雑になりかけていた。
実はオレの知らぬ間に、西野君と弘樹との距離は急接近していて。どちらも友達だったはずの関係が変わろうとしていることに、オレは薄々気づき始めているんだ。
事の発端は、どうやらクリスマスだったらしい。オレが雪夜さんと幸せなクリスマスを過ごしていた裏で、弘樹と西野君はクリスマスに二人きりで遊びに行ったみたいなんだけれど。
「昨日もね、弘樹くんと遊びに行ってきたんだぁ」
「あぁ、登校中に弘樹から聞いたよ。今回は、二人で遊園地に行ってきたって」
クリスマスのことは、二人から詳しい内容は聞かされていない。でも、明らかに様子がおかしい二人を見ているオレは、どうしたらいいのか分からないまま弘樹と西野君の話を聞くだけだった。
「遊園地、すっごい楽しかった。絶叫マシンって苦手だったけど、弘樹くんとなら怖くなかったんだ」
「弘樹は絶叫系得意だから、一緒にいたら頼もしいかも」
オレも、絶叫マシンは苦手だ。
特にフリスビーみたいにいっぱい回るタイプのアトラクションは、三半規管がやられてしまうから。昔、一度だけ弘樹と遊びに行ったときに乗ってみたことがあるけれど、グロッキー状態のオレとは違って、弘樹は平気な顔をしていたっけ。
「弘樹くんって優しいよね、部活だって忙しいのに僕のことわざわざ誘ってくれたんだよ?」
「そっか、それは良かったね」
「うんっ!青月くんは彼女いるから連休は僕みたいに寂しくないし、弘樹くん取っちゃっても問題ないでしょ?」
「まぁ、うん……」
弘樹を取られたなんて、これぽっちも思っていないのに。あからさまな西野君の発言は、鈍感だって弘樹に昔から言われてるオレでも分かるくらい、敵対心を向けられている気がする。
ただ、今はそんなことよりも。
弘樹と西野君のテンションの差を、誰でもいいからオレに説明してほしかった。
元気だけが取り柄みたいな弘樹がここ最近、まったく笑わなくなっているから。特に西野君の話をする時は疲れきっている様子で、オレが心配してしまうほど最近の弘樹は弘樹らしくなくなっている。
でも、そんな弘樹とは対照的で嬉しそうにしているのが西野君なんだ。
どういう経緯で、こんなことになっているのかよく分からないけれど。西野君は横島先生が好きだと勝手に思い込んでいたオレの予想は大きく外れていたらしく、西野君が恋をする眼差しは、どうやらオレの親友の弘樹に向けられているみたいだった。
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